動物はなぜ必要な量のDHAを自ら作れないのか?

fish 科学技術
Photo by CHUTTERSNAP on Unsplash

ヒトを始めとして動物は自分では必要な量のドコサヘキサエン酸(DHA)を作れません。進化の歴史の中で、どうやら魚類の時に外注した方が安上がりだということでDHAを作る遺伝子を捨て去ったようです。

植物と動物とは持ちつ持たれつ

ご存じように、植物は基本的には名は体を表して動きません。動物はその名の通り動きます。この違いのため、生存競争を生き抜くための戦略が全く異なってきます。そもそも生物誕生の歴史から言えば、植物と動物の共通の祖先となる単細胞生物がいて、光合成ができる別の生物を自分に寄生させることでエネルギーを自己調達できるようになったものが植物という説があります(1)。

エネルギーに限らず、ありとあらゆるものを水と光とミネラル(海水または土)から自分で作り出さなければなりません。他の植物との競争のため、相手を駆逐しようと毒を出して枯らそうと試みます。その毒も光合成をしない動物にとっては逆に薬になったりする場合もするわけです。もちろん草食動物に食べられないようにするために、動物向けの毒を作ったりもしますが。

植物と動物との関わりでいうと、植物が動物を利用する場合もあります。蜂に蜜を与える代わりに、別の所に咲いている花まで花粉を届けてもらうようなことをします。言わば、持ちつ持たれつの共生関係の側面があります。

性格が大きく異なるために、直接の敵にはならず、分業体制になる場合もあります。植物が作るのであれば、動物の自分は作らないで植物から摂取する方が無駄なコストをかけずに済むわけです。

生物間分業体制で需給されるDHA

どの動物もなぜ必要なドコサヘキサエン酸(DHA)を必要な量自ら作れるように進化できなかったのか疑問でした。しかし、その問いの立て方自体が間違っていたようです。

植物は動き回れない分、生命活動に必要な化学物質を水と光とミネラルだけで生成する精巧な仕組みを作り上げました。生命活動に必要であれば、かなり大きくて化学的に安定ではない分子構造の物質でも作り出せるだけの能力を身に付けたわけです。さっぽろ雪まつりで出展される巨大で精巧な雪像のようなものです。

どうやらDHAもその一つのようです。不飽和脂肪酸でちょっとした熱ですぐに飽和脂肪酸に変わってしまうし、分子構造も大きなものです。量産向きではありません。まさにさっぽろ雪まつりの雪像のように、一点一点職人さんが多くの工程を経て手塩にかけて作るような化学反応を行います。

そのためのいくつもの酵素を用意する必要があります。そのためには酵素=タンパク質を作る設計図である遺伝子をいろいろと持つ必要があります。設計図の書庫が必要で酵素も作り置きできないので都度作っては使うようなことをしなければなりません。相当維持費がかかることが想像に難くありません。それでも植物はそれをやり続けなければ、自分の生命が脅かされるので、止めるにやめられません。

一方、動物はというと、そんな面倒臭くて維持費がかかるものであれば、外注すればいいと腹をくくったのでしょう。どうせ自分は動けるわけだし、食物として摂りこめばいいと高を括ったのだと思います。こうして、魚類の時に、プランクトンがDHAを作ってくれるからということで、DHAを生合成するための酵素を作り出す遺伝子を維持するのを止めたのです(2,3)

生物濃縮の利用

DHAを生合成するための遺伝子を捨てた魚類でしたが、食うか食われるかの過酷な食物連鎖の世界を勝ち抜くには、敵よりも体を大きくする必要があります。恐竜の進化の歴史を見れば明らかでしょう。

しかし、ここで課題が生じます。体が大きくなれば、必要な栄養素もより多く摂りこむ必要があります。その課題は生物濃縮という現象を使えば解決できたのです。生物は体内で不要になったものは尿や汗として水に溶かして排泄するか、もしくは固形物として便として排泄します。その二択です。

DHAは油です。水と油は通常混じり合いません。DHAも同じです。間違って尿・汗・便として排泄されることはないのです。したがって、体内で必要量使って余った分は体に蓄えていくのです。こうして、海の食物連鎖の頂点を極めるクロマグロのおいしい大トロが出来上がるのです。

つまり、動物では体が大きくなればなるほど、DHAも濃縮されて体内に蓄えていくのです。自然の摂理でDHAの需給バランスが保てるのです。

そして、クロマグロさえ食べてしまい、目下地球の食物連鎖の頂点に立つヒトはその立場を利用して、その大きな脳に大量のDHAを蓄えて利用し、他の生物ではなし得なかった巨大な文明社会を築きました。

諸刃の剣の生物濃縮

しかし、便利な生物濃縮も水に溶けない有害物の場合は、逆に厄介なことになります。マイクロプラスチックごみです。環境に放置されて風化の過程でマイクロサイズにまでなったプラスチックが生物濃縮されてきているという話を耳にしたことがあると思います。むしろこの手の環境問題を論じる時に、生物濃縮という言葉が出てきます。コインには表だけでなく、裏もあるということです。

[参考文献]

  1. Karnkowska A, Yubuki N, Maruyama M, Yamaguchi A, Kashiyama Y, Suzaki T, Keeling PJ, Hampl V, Leander BS. Euglenozoan kleptoplasty illuminates the early evolution of photoendosymbiosis. Proc Natl Acad Sci U S A. 2023 Mar 21;120(12):e2220100120. DOI: 10.1073/pnas.2220100120
  2. 齋藤 洋昭, 海洋生物とn-3高度不飽和脂肪酸, 化学と生物, 1996, 34 巻, 2 号, p. 107-113, DOI: https://doi.org/10.1271/kagakutoseibutsu1962.34.107
  3. 壁谷尚樹. 水産動物の長鎖不飽和脂肪酸生合成酵素の多様性とその利用. 日本水産学会誌. 85(4), 386-389 (2019)

コメント

タイトルとURLをコピーしました