ヒトの認知構造上、数を数える低次の認知から四則演算のような高次の認知まで、立て続けに失敗したり成功したりするようにできているようです。なるほど語学をやっていると、読み間違えやすい文を繰り返し読んでも、また読み間違えてしまうのは、このためだったのですね。
硬貨の数と総額を言い当てるゲーム
大阪公立大学の研究グループが、日本の1円、5円、10円硬貨を使っておもしろい実験をしています。これら3種類の硬貨を8枚から32枚ランダムに並べた絵を0.5秒の間、24名の被験者に見せて、
- 並んだ硬貨の数を言い当てる
- 並んだ硬貨の総額を言い当てる
という2つのゲームをしました。先ずゲーム1を繰り返し行います。そして、ゲーム2を繰り返し行います。
ゲーム1の方は見たものがすべてのゲームです。動物でもヒトでもモノの数は認識できるので、比較的低次の視覚情報処理に関わるものです。ゲーム2の方はバラバラに散らばる硬貨の額面金額をそれぞれ見て、1円玉、5円玉、10円玉がそれぞれ何個あるか数えた上で額面金額と掛け合わせて総和を求める必要がありますから、ヒトにしかできない高次の計算情報処理になります。
0.5秒なので瞬時です。8枚でも3種類の硬貨がバラバラにどこに置かれるか分からないので、数ぐらいは正答できそうですが、総額を言い当てるのは難しいです。ましてや32枚もあると、数を言い当てるのも怪しくなってきます。ですので、当然、被験者の回答は正解付近を中央にしてバラけます。
実はこの実験、正解率をみるものではなく、被験者が今答えようとしている回答に、繰り返し出題された問題がどれぐらい影響するかを見るものです。そして結果は、ゲーム1とゲーム2どちらの場合でも、1つ前の出題に対する自分の回答に引きずられて、現在の出題に回答してしまう傾向があることが分かりました(1)。これを専門用語で “Serial Dependence” と呼ぶそうです。
記憶は主観的なもの
注目すべきなのは、0.5秒の瞬時に目にしたものが写真で撮ったように、頭のどこかに記憶されていて、読み出されるようなことは起こらず、そのとき数えたり計算した結果どういう数字だったかが記憶されていて、それが現在の出題に回答する時に呼び出されているということです。客観的事実など頭のどこにも残っておらず、主観的に「自分はどうした」という事実しか頭には残っていないということを示しています。
ヒトの脳にはコンピュータのメモリのようなものはなく、自分の主観的体験に基づくエピソード記憶しかないようです。これは数を数えるような他の動物でもできることだけでなく、四則演算のようなヒトにしかできないようなことにおいてもです。そして、脳の中では直前のエピソード記憶が次の行動を決める時の一票になるのでしょう。
『バカと無知』(2)という書籍の “PART V すべての記憶は「偽物」である” の中にある刺激的な事例の数々でも、記憶の主観性が物語られています。ヒトは客観的事実を記憶するようにはできておらず、主観的解釈を元に記憶が形作られていることが、複数の事例と科学論文の引用で説明してあります。
脳の中で記憶は固定的な点で存在するのではなく、fMRIを使って画像として再構成できるぐらいのものですから、ダイナミックな電磁気として、いろいろな外乱に晒されて絶えず変わっていくものなのでしょう。それが気分の浮き沈みのような「主観」という言い方もできるのかもしれません。
TPOを変えなければ失敗を繰り返す
この論文を読んで、どうして語学で音読をやっていて、同じところで繰り返し読み間違えてしまうのか合点がいきました。直前の読み間違いのエピソード記憶が読み間違いを誘ってしまうのでしょう。
ですので、TPOを変えるために何か別のことやって、前回の失敗のエピソード記憶から受ける影響を小さくしてやる必要があるのだと思います。『進化する勉強法』(3)という書籍でも、同じ科目を何時間も勉強し続ける集中学習よりも、時間を区切って科目をチョコチョコ変えて勉強する分散学習の方が効果的であることが示されています。おそらく分散学習が「間違えてしまった」という負のエピソード記憶の影響を弱めるのに役立つのではないかと考えます。
勉強でもスポーツでも、上手くいっている時は集中してやると、さらに記憶が強化されて身についてよいのですが、間違っていてばかりの時は、気分転換に何か別のことをやった後に、もう一度取り組むとよい結果に結びつくことがあります。そういう意味で一つの言語を集中して何時間も続けて勉強するよりも、マルチリンガルを目指して、毎朝晩複数の言語を替わる替わる勉強するのは決して悪いことではないと思いました。
[参考文献]
- Yukihiro Morimoto, Shogo Makioka. Serial dependence in estimates of the monetary value of coins. Scientific Reports, 2022; 12 (1) DOI: 10.1038/s41598-022-24236-z
- 橘玲『バカと無知』新潮社,2022年
- 竹内龍人『進化する勉強法:漢字学習から算数、英語、プログラムまで』誠文堂新光社,2019年
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