何とも壮大な Kendrick Lamar & SZA の “All the stars”

Guns, Germs, and Steel 科学技術

わずか4分足らずの曲ですが、Kendrick Lamar と SZA の “All the stars” のミュージックビデオは何とも壮大なスケールで黒人の来し方行く末を描いています。人類がアフリカから発し、そして今再びアフリカに回帰しようとしているとでも言いたいのだと思います。

Kendrick Lamar と SZA とは誰?

Kendrick Lamar は Drake と並び、今やラップ界をしょって立つ存在です。二人は時に共演し、時に揶揄合戦したりといい意味でライバルです。あしたのジョーの矢吹 丈と力石 徹の関係でしょうか。カリフォルニア州コンプトンというギャングの街に生まれ育った敬虔なクリスチャンです。

血で血を洗う抗争が繰り広げられる街で、希望の光を求めてきた求道者といったところでしょうか。ラップというとすぐに暗黒面に片足を突っ込んでいる印象を持つ向きもあるでしょうが、Kendrick Lamar はそのようなことに手を染めずに、音楽の道に救いを求めてきました。

大変な努力家で、これまでに 14のグラミー賞を受賞しています。また、ラップで初めてピュリッツァー賞を獲得して歴史に名を刻みました。これらの偉業を才能によるものではなく、努力の賜物だと発言しています。まさに求道者です。

ラップ仲間以外では、Taylor Swift の “Bad Blood” に共演して歌っています。”Bad Blood” の MV には有名人が多数出演していますが、親友のはずの Selena Gomez でさえ一瞬顔を見せる程度で一言も口にせずに終わりますが、Kendrick Lamar だけは別格です。

一方、SZA(シザと読みます)はイスラム教徒の父親が CNN のプロデューサーで、キリスト教徒の母親が AT&T の重役だったという家庭に生まれ育ちました。そして本人は、イスラム教徒の道を選びました。

Maroon 5 と共演した “What Lovers Do” と Doja Cat と共演した “Kiss Me More” が記憶に新しいところです。そして、今回紹介する “All the Stars” で Kendrick Lamar と共演しており、大物たちと共演して大ヒットを飛ばすというパターンが多いアーティストです。

出アフリカ

MV は人々が両手を挙げて手を振るシーンから始まります。そこに Kendrick Lamar がノアの方舟を彷彿とさせる小舟に乗って漕ぎ出てきます。手の波は大洪水によって帰らぬ人となった民衆を表しているようです。”All the Stars” は映画 “Black Panther” の主題歌なので、おそらく、黒人がこれまでに受けてきた苦悩の歴史の中で犠牲となった人々を暗示しているのだと思います。

そして、方舟は人類がアフリカ大陸で誕生し、そこからユーラシア大陸に進出して世界各地に広がっていったことを示唆していると解釈しました。言ってみれば、人類にとってのビッグバンが起きたのです。

“Love, let’s talk about love / さぁ、愛を語ろう” という歌い出しの背景には、金の冠を頂いた巨大な女王像があり、その胸元に亡くなったと思われる男の子の遺影が掲げられています。子どもたちが集まって葬儀で喪に服していると、Kendrick Lamar が現れます。「明日は我が身」と思っている子どもたちにとって、「救世主現わる」なのでしょうか。

“Is it anything and everything you hoped for? / それが君たちが望む何かあるいは全てなのか?”

“Or do the feeling haunt you? / それとも君たちにのしかかる気持ちなのか?”

“I know the feeling haunt you / 私は知っている後者だ”

救世主にしては、何とも突き放した言いぶりです。ハリネズミの夫婦のように愛情はあるが、近づくとお互いに傷つけ合ってしまうというニュアンスで、子どもたちは1960年代に植民地支配から独立した若いアフリカ各国に見立てて、民族間の紛争が絶えない現状のアフリカを表現しているのかもしれません。

アフリカ各国の連帯を祈願?

場面は変わって、ここで SZA が登場します。この楽曲の通奏低音として、Kendrick Lamar が自問自答の苦悩を表し、SZA がそれを乗り越えて開ける未来の夢を以下のサビで歌います。

“This maybe the night that my dreams might let me know / 今夜が正夢かもしれない”

“All the stars are closer… / 星がみんな集まってくる…”

アフリカ大陸が星座になっているシーンが出てきますが、アフリカが一つになる以上に、世界各地に連れていかれた黒人たちが手を取り合って連帯することを夢見ているとも受け止められる表現です。Afrocentrism(アフリカ中心主義)なのでしょうか。それとも、出アフリカ以降の全人類が連帯することを夢見ているのでしょうか。

またまた場面が変わります。再び Kendrick Lamar が登場して、Verse です。ちょっと長いので、端折ると、

“You can bring a bullet, bring a sword, bring a morgue, but you can’t bring the truth to me / 矢でも鉄砲でも、それで屍の山を築くのもいいが、真実を持って来い、それは無理だろう”

“A small percentage, who I’m building with / 共に築いているのは少数派”

“I want the credit if I’m losing or I’m winning / 勝敗はどうでもよく、信用が欲しい”

ギャングの街コンプトンに生まれ育って、孤高の人だった Kendrick Lamar の自画像を描写したでしょうか。背景も荒れた街並みに、空は色とりどりの爆弾が破裂しています。小ざっぱりとしたスーツに身を包んだ一見紳士風の怪しい人物がいる中、子どもたちの目は虚ろです。

シーンチェンジして、焼け果てた元森の中をブラックパンサーたちを引き連れて、Kendrick Lamar は何かを探しています。 ここでも、最初のフレーズが繰り替えされています。愛とは何かを探し求めているのでしょう。

中南米へ

少し飛んで、SZA が赤や黄色や緑に彩られたカードような物が敷かれた床に寝そべっています。その周りをリオのカーニバルに出てきそうなダンサーたちがピンクの羽をまとって踊っています。おそらく、黒人たちが中南米にも連れて来られたことを示唆しているのだろうと思います。ここで SZA の Verse が入りますが、これも長いので端折ると、

“Skin covered in ego / エゴで塗り固められた肌”

“I did it all ‘cause it feel good / その方が気分がいいので、全部やった”

“Better live your life / よりよく生きて”

“We are running out of time / 時間には限りがあるから”

中南米の黒人たちは大航海時代にスペイン人やポルトガル人のエゴにより問答無用で連れて来られました。しかし、新天地を未来志向でよりよく生きていこうという吹っ切れた感じに受け取れます。「次に行こう、次に」という感じです。

古代エジプトにルーツを見る?

そして、エンディングに向かって、Kendrick Lamar が女神たちに出会います。古代エジプトを彷彿とさせる金の装飾を身にまとっています。最後に4人の巨大な女神たちに出会います。おそらく、映画 “Black Panther” に出てくるワカンダ国が4つの部族から構成された国だからだろうと思います。

Kendrick Lamar と SZA が夢見ているのは、最後でも現れるアフリカ大陸を模した星座でしょう。そのルーツが古代エジプトといいたいのでしょう。しかし、そこはちょっと待ってください。

昔、『神々の指紋』(原著 “Fingerprints of the Gods“, Graham Hancock)という書籍がありました。これも超古代に高度な文明が栄えていたということを世界各地に残るオーパーツから解き明かしていくという内容です。現在ではこの説は否定されていますが、映画 “Black Panther” に登場するワカンダ国はこれと少し似ているなと思いました。

しかし、『銃・病原菌・鉄』(原書 “Guns, Germs, and Steel“, Jared Diamond)を読むと、アフリカ大陸のど真ん中を横断するサハラ砂漠が南北の交易を妨げてしまっています。エジプトは幸いにして、人類史上最初の文明発祥の地メソポタミアに近く、好条件が重なって、古代エジプト王朝が栄えることになりましたが、サハラ砂漠以南にはその力は及びませんでした。人類の直接の祖先が船でサハラ砂漠以南に行き着いたとして、ごく少数が辿り着き、小さな部族に分かれて生活していたと考えられています。

その間長い人類の歴史の中で、アフリカはサハラ砂漠以南と以北に分断されていたということです。サハラ砂漠以南と以北の黒人が大人数で出会ったのは、皮肉なことに大航海時代に奴隷貿易で連れていかれたアメリカ大陸だったということになります。

アフリカの世紀

したがって、古代エジプトはサハラ砂漠以北の黒人のルーツとはなりえますが、サハラ砂漠以南の黒人のルーツと見るには無理があります。とは言え、今世紀はアフリカの世紀という人もいます。科学技術が発展し、物流にしても通信にしても自然の要害を物ともしません。サハラ砂漠にアフリカを分断する力はもはやありません。

よく言われる Leapflogging もできます。昔築いたインフラありきで物事を進める柵がなく、いきなり 5G の通信網敷いてもいいですし、ドローンを街中に飛ばしてもいいわけです。Kendrick Lamar と SZA の夢が実現するのはそう遠い未来ではないかもしれません。

コメント

タイトルとURLをコピーしました