母親が以前血糖値が高かく、母方の家系がみなさん血糖値的には「糖尿病」の域なので、自分もそのうちお世話になるかもということで、血糖値測定器を探していました。お世話にならないに越したことはありませんが、下調べで歴史が分かり勉強になりました。
従来型の「観血式」
現在主流の血糖値測定器は「観血式」と呼ばれるものです。直接採血をして、センサに血液をつけると、センサの中で血液中のブドウ糖が酵素と結合して電子を放出します。その電子の量を電流として測定する仕組みです。酵素は都度補充が必要なので、当然ながらランニングコストがかかります。
指先に針を刺してごく少量ですが、直接採血をするので、「血を観る方式」ということで「観血式」という名前がついています。自分でボタンをつけたり、靴下の穴を繕ったりしますが、間違って針で指を指すと、チクリと痛いです。それを毎日何回もやるのは苦痛以外の何物でもないことは容易に想像できます。最近話題の「血糖値スパイク」の瞬間を捉えるのは夢のまた夢です。
第一、糖尿病では指先などの末端の毛細血管が詰まり、血の巡りが悪くなっていて酸素・栄養不足に陥っているので、採血した箇所から感染症が広がるリスクもあります。
ですので、体を傷つけない「非侵襲型」の血糖値測定器が望まれます。
「間質液」測定方式を切り開いた先駆者
そこで登場したのが、「間質液」で測定する方式です。最近いくつかのメーカから製品販売されています。
その中でも米Abott社の FreeStyleLibreが先駆者です。ごく小さな針がついたパッドを腕に貼っておくと血糖値を常時モニターしてくれます。持続血糖測定器 (CGM; Continuous Glucose Monitoring) 時代の到来です。これなら、血糖値スパイクを見逃しません。
この針チクリとする痛点にまで届かないので、痛くありません。しかし、肌に刺さってはいる状態です。肌の細胞にも酸素や栄養が届いているわけで、そのための体液が循環しているのです。その体液のことを「間質液」と呼んでいます。
FreeStyleLibre は画期的です。毎日数回、指先に痛い思いをして針を刺さなくて済むようになったのです。しかも、歴とした医療機器です。華道家の假屋崎省吾さんが感激している記事を読んだことがあります。手作業が命の華道家なので、指先に違和感が出てしまう「観血式」は仕事に支障があるのです。
ただこの FreeStyleLibre 、血糖値センサである針付きパッドにモニタするためのスマートフォンをかざして、NFCでデータを読み取るようになっています。ですので、常時モニターしているのですが、リアルタイムで測定データをみることはできないのです。食後すぐにパッドのところにスマートフォンをかざして読み取れば、血糖値スパイクが起きているかどうかみることができるので、実用的には困らないだろうと思います。
BLE (Bluetooth Low Energy) を使えば、いつでもどこでもリアルタイムで測定データを読み取れるようになるのですが、おそらく血糖値センサの電池が持たないのでしょう。血糖値センサの省電力化、電池の大容量化のどちらかが必要で、それが現時点では難しいのでしょう。
間質液測定方式でリアルタイム CGM 実現へ
この不都合を改善しようとしているのが、仏 PKvitality社の K’Watch Glucose と日本のクォンタムオペレーション社の血糖計測センサーです。どちらもスマートウォッチ型です。常時身に着けるわけですからリアルタイムで血糖値を常時モニタできるわけです。
K’Watch Glucose の方は、人を対象としたフェーズⅢ臨床試験で医療機器グレードの観血式血糖値測定器に対して誤差 16% というなかなかの成績です。血糖値測定器の国際規格 ISO15197:2013 の規定をクリアするには 1% 未満(精確性 99% が基準)が必要なので、あと一歩のところです。
中国でもスマートウォッチ型の血糖値常時モニタは研究されていて、 Nature microsystems & nanoengineering の論文によると、医療機器グレードの観血式血糖値測定器に対して 84.34% の精度ということですので、誤差でいうと 15.66% まで来ています。こちらもあともう一歩です。
クォンタムオペレーション社の血糖計測センサーは詳細不明ですが、FreeStyleLibre 、 K’Watch Glucose ともセンサ部分は数週間で交換が必要です。上述の中国の研究グループが作ったプロトタイプ機のセンサは電気化学方式なので、使っているうちに感度が劣化するのは避けられないので、使い捨てでしょう。間質液で測定する方式はどれもランニングコストがかかることは避けられません。センサ1個数千円します。
遂に出た完全非接触方式
そして、非侵襲のみならず、完全非接触の血糖値測定器が遂に出てきました。ライトタッチテクノロジー社の血糖値センサは中赤外線レーザーを使う光学測定方式です。
技術情報は現在公開されている WO2016117520A1 を見ると、ある程度分かります。コロナ禍で活躍したパルスオキシメーターは近赤外線を使って血中酸素濃度を測定しています。人体にもある程度の深さにある血管まで達して反射して戻って来れるからです。しかし、近赤外線でヘモグロビンが酸化されているかどうかは感度よく測定できるのですが、ブドウ糖はそうはいかないのです。ブドウ糖は近赤外線をたったの 0.4% しか吸収しないので、ノイズに埋もれて感度が悪いのです。
そこで登場するのがち中赤外線です。近赤外線が 1.5 μm 辺りの波長であるのに対して、中赤外線は近赤外線より波長が長く 7 μm から 11 μm ぐらいの光です。人体に深くは入り込めないのですが、間質液に含まれるブドウ糖を測定するには十分なのです。
ブドウ糖が中赤外線をどれぐらい吸収するのか具体的な数字は示されていませんが、吸収スペクトルを示す図を見る限りではピークがはっきり見て取れるレベルなので、近赤外線の 0.4% ということはなさそうです。それもあって、血糖値測定器の国際規格 ISO15197:2013 の規定(精確性 99% 以上)をクリアしています。
しかし、簡単には腕に巻くことはできなさそうです。中赤外線レーザ自体が少々大きいのに加えて、中赤外線レーザを肌に当てて反射光をセンサーで検出するわけですが、現状では液体窒素で冷やさないと使い物にならないようです。ということで、同社ホームページで紹介されている商品プロトタイプのように、電子ポット程度の大きさはどうしても必要なようです。
それでも光学式なので、わずか 5 秒で測定できてしまいますし、センサーを肌に貼り付ける必要もないので、肌がかぶれたりしないで済みそうです。現状の商品イメージでは、液体窒素の定期交換が必要そうなので、それなりのランニングコストがかかると思われます。将来的には室温でセンサーが働くように進化して、全くランニングコストがかからないようにしていただきたいです。
その他、パルスオキシメーターでもありましたが、光学方式の場合、肌の色の違いで精確性が変わる可能性があります。これはタッチーな話題なので、肌の色に合わせてチューニングするのか読み替えをするのかでクリアする必要があります。
究極の完全非接触方式スマートウォッチ
そして、とうとう究極の完全非接触方式スマートウォッチのお出ましです。米 Afron Technology によると、非侵襲、完全非接触、そしてランニングコスト要らずのスマートウォッチ型血糖値センサーを開発したそうです。2024年頃に商品化を目指しているとのことです。
こちらも、特許情報を見ていきましょう。EP1949084 が基本特許のようです。こちらは電波を使います。8 GHz から 18 GHz の高周波電波です。腕に巻くスマートウォッチの表示側と腕を隔ててその反対側にそれぞれ送信アンテナと受信アンテナを設けます。下の図は、両側にアンテナがあって、間に腕が挟まっている図です。
THz(テラヘルツ)以上になると水分子に吸収されやすくなりますが、GHz(ギガヘルツ)までの電波なら人体を透過します。ですので、8 GHz から 18 GHz の電波がブドウ糖に吸収される際に、ブドウ糖の濃度によって吸収ピーク周波数がシフトしていくことを利用して血糖値を測定する仕組みです。
これが実用化されれば、究極の血糖値測定器の名を欲しいままにするのではないかと思います。血糖値測定器の国際規格 ISO15197:2013 の規定(精確性 99% 以上)をクリアできるかどうかが試金石になります。今のところ、情報が取れないので、2024年に本当に商品化できるかどうか不明です。
IPO する予定があれば、一口買っておいてもいいのではないかとさえ思いました。
CGMはあくまで手段、血糖値下げることが目的
血糖値測定器の歴史を見てきましたが、CGM はあくまで手段です。やりたいことは血糖値を下げることです。
それに取り組んでいるのが、Garmin 社と Twin Health 社連合です。糖尿病患者のモニタリングをサポートするプログラムを展開中です。Cell Metabolism の論文で肝脂肪を落とすダイエットに取り組むことで、2型糖尿病も治せると豪語しています。
日本の期待は CureApp 社です。禁煙アプリ、高血圧治療アプリを治療薬アプリとして出してきたので、情報は持ち合わせていませんが、次は2型糖尿病治療アプリを開発してくるのではないかと予測しています。
「痛くない最新血糖値測定方法を探して」という命題を私に与えた母はというと、私と同じように糖質制限&16時間断食ダイエットを取り入れて、赤信号と黄信号の境から黄信号と青信号の境まで落ちてきたので、今はほっとしています。血糖値測定器にも、血糖値コントロールプログラムにもお世話にならずに済みました。めでたしめでたし。
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