アメリカ国立老化研究所がワシントン大学に資金提供して実施した臨床試験の結果が衝撃的です。老齢期の健常な被験者を対象に18か月にわたって運動と瞑想が認知機能に与える影響を調べた研究です。結果は惨憺たるもので何の効果もなしでした。
食事、睡眠の次ぐらいに重要なはずの運動が…
これまでの常識がガラガラと音を立てて崩れ去るような衝撃を受けました。アメリカ国立老化研究所がワシントン大学に資金提供して実施した臨床試験の結果です。65 歳から 84 歳までの老齢期真っ只中の 健常な 585 名の被験者が参加した研究です。18か月にわたって運動と瞑想が認知機能に与える影響を調べたもので、簡単にいうと、何の効果もありませんでした。
国も研究者も、それにもまして本研究に参加した被験者の皆さんもみんな「やっぱり運動大事ですね」や「やっぱり瞑想でいいんですね」という結果を期待していたことだと思います。
まず運動の方ですが、こちらは 週合計で5時間の運動量です。うち週2回はインストラクター付きで90分のメニューをこなします。残りの日は自宅でできるメニューが渡されました。トレッドミルなどの有酸素運動やウェイトトレーニングなどをバランスよく組み合わせた理想的な構成です。老齢期の被験者にとって無理のない範囲の運動量ではないでしょうか。
6か月後と18か月後の2回、記憶力と判断力、それから脳のMRI画像を撮りました。結果は6か月後と18か月後もどちらも健康知識の教育以外は何もしなかった比較対照群との違いはありませんでした。
0か月、6か月、18か月で統計的に微妙な差は見られましたが、この3点で直線を描いて未来予測しても、何もしなかった場合と大差ないという惨憺たる結果でした。
運動によって認知機能が向上する実験結果があります。特に習慣的に有酸素運動すると BDNF(Brain-Derived Neurotrophic Factor; 脳由来神経栄養因子)が出て認知機能がよくなることが分かっています。若年層を対象にした研究(論文1)や脳機能障害を持った患者を対象にしたメタアナリシス(論文2)、軽度の認知機能低下者を対象にしたメタアナリシス(論文3)では確かに認知機能が改善しています。よく見るといずれも老齢期の健常な被験者に的を絞ったものではありません。
つまり、どうも BDNF をたくさん作れる若年層か、何らか脳に問題がある場合に限るという限定がつくようです。 若年層は運動に対する BDNF の反応がよいのでしょう。何らか脳に問題がある場合は、体の危機管理機能が発動されるのかも知れません。しかし、どこも問題がないけれども年老いてくると、運動したからといってドッと BDNF が出ることはなくなるかもしれません。
瞑想も効果なし
毎日1時間も瞑想しても効果なしでした。健康リテラシーの教育以外は何もやらなかった比較対照群との統計的な違いはありませんでした。
20 歳から 60 歳までの生産年齢人口に含まれる層を対象にした別の研究では、瞑想している時のようにボーとしている時に働く DMN (Defaut Mode Network) だけでなく、判断力の源になっている CEN (Central Executive Network) そしてその2つを取り持つ SN (Salience Network) の3つのつながりがよくなることが示されています(論文4)。
メタアナリシスでも DMN と SN とのつながりがよくなることが示されています(論文5)。こちらも老齢期を対象としたものではなく、生産年齢層を対象にしたものです。この結果も見ても、脳が老いるにしたがって可塑性を失っていくのは動かしがたい事実のようです。
ただ、紹介した臨床試験では MRI で画像撮影して脳の構造が変化したかどうか測定しているのですが、あくまでも海馬などの各部位ごとの大きさを測定しているだけです。各部位のつながりが太くなったかどうかまでは測定していません。ですので、もしかしたら各部位のつながりに変化が起きているかもしれないという一縷の望みは残っています。追加で検証していただきたいところです。
運動と瞑想を組み合わせれば…それでも効果なし
運動と瞑想を組み合わせれば相乗効果が期待できるかも…。しかし、その希望も脆くも打ち砕かれました。ダメなもの同士力を合わせても健康知識の教育だけ受けた比較対照群と大差ない結果でした。運動と瞑想はそれぞれ別の活動なので、かち合うことはないでしょうが、力を合わせることもありませんでした。
もしかしてここで注目すべきなのは、むしろ比較対照群なのかもしれません。比較対照群は全く何もしなかったわけではなく、健康リテラシー教育を受けています。心疾患や糖尿病などの生活習慣病予防に関するセルフケアのガイドブックを使って座学の講義を受けているのです。
それが奏功したのか記憶力と判断力のテストの成績は、運動だけ行った群、瞑想だけ行った群、運動と瞑想の両方行った群、健康教育だけ受けた比較対照群の4つの群のどれも成績が上がったのです。もっとも、これは単にテスト慣れした結果かもしれません。
できれば、全く何の介入もしなかった正真正銘の比較対照群を設けて欲しかったと思います。臨床試験にわざわざ手を挙げて参加する価値を見出せないので、参加者が集まらないかもしれませんが。臨床試験に応募してくるような健常な方ということは、そもそも健康増進に関心がある健康リテラシーが高い層だと思います。ですので、応募者が口を開けて待っているところに、専門家が監修した生活習慣病予防ガイドブックで勉強させてもらえるわけなので、自分で実践しないわけはないでしょう。これも大差ない結果になった原因の一つなのではないかと推測します。
そして、怪我だけが残った
皮肉なことに1つだけ違いが見られました。それは運動をした被験者群にだけ見られました。怪我です。運動するとどうしても避けられないものです。特にお年寄りの場合は、バランスを崩して尻もちを突くということは想像に難くありません。
だからといって、運動するのは危険なので、静かに家の中で過ごすのがよいというわけでもありません。怪我をしないように不安全行動には注意して日々運動に心がけるというのが、サイコぺニア(加齢による骨格筋量の低下)やフレイル(身体機能の衰え)を防いで健康寿命を延ばすには必要なことでしょう。まずは座る時間を減らすところから始めても結構効くと思います。
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