安倍元首相、元ソ連大統領ゴルバチョフ、そして英国エリザベス女王と貴人が相次いでお亡くなりになりました。世界トップクラスの貴人が他界した時に使う表現が気になりました。特に、日本語で天皇に対しては「崩御」を使いますが、英語で国王に対してはどういうのか興味があったので、調べてみました。
各国語「亡くなる」表現まとめ
日本語で「亡くなる」ことを意味する言葉は非常に多彩です。調べただけで、以下のものがあります。これらについて、いろいろ調べたところ、中国語、英語、スペイン語、ブラジル・ポルトガル語それぞれで対応するであろう表現は以下のようになりました。
多彩な「亡くなる」表現を持つ日本語
群を抜いて「死ぬ」という表現のバリエーションが多彩なのは日本語ではないかと思います。これは敬語表現が発達していることに関係しているように思います。ですので、長幼や目上かどうかなどの相手と自分の関係性が深く関わっているように思います。
敬語ということで言うと、相手を尊敬した表現は英語など他言語でもあるのですが、日本語独特の謙譲語表現の「身罷る」などは、他の国では見られない表現だと思います。
それからストレートに「死」という言葉を入れるのを極力避けようとしているようにも思えます。そのため、婉曲表現が多様です。「死」と同じ発音なので、数字の「四」を避けるぐらいですから、「死」は縁起が悪い言葉として別の言葉に置き換えた言い表し方が発達したのでしょう。
「鬼籍に入る」、「泉下の客となる」や「お隠れになる」はなるほど上手い表現だと、最初に使い始めた人に座布団3枚ぐらい上げたい気持ちです。
天皇・皇后にしか使わない「崩御」や皇太子などの皇位継承者に対する「薨去」などもかつての身分制度が色濃く残る印象です。
中国語の「亡くなる」も様々な表現がある
中国語も日本語以上に「死ぬ」に対する多様な表現があります。悠久の歴史と広大な土地と多様な民族が生み出した表現が溢れているのだと思います。調べ切れないので、表に載せたものはあくまで一部に過ぎないと思ってください。
とは言え、現代中国で普段使うのは “去世” と “逝去” ぐらいです。日本でも新聞記事では「死去」か「逝去」ぐらいしか使っていません。これと同じです。身内に対しては “走了“ を使うと、中国語の先生に習いました。
“辞世” は日本語では「辞世の句」という時ぐらいに使います。この時の「辞世」とだいたい同じ意味と捉えてよいです。日本語では「辞世」は名詞でしか使いませんが、中国語では動詞としても使います。しかし、エリザベス女王逝去のニュースを欧米のメディアは “伊丽莎白辞世后,…” と動詞で使っている例をいくつも見ましたが、中国メディアはせいぜい “女王的辞世 …“ と、まさに日本語の「辞世の句」の意味で使っているぐらいでした。
日本語の「崩御」に当たり、皇帝や王の死を意味する “駕崩“ に至っては、繁体字メディアでは見かけますが、簡体字メディアでは見当たりませんでした。中国本土にはもはや皇帝や王が存在せず、そもそも自国の皇帝に対する尊敬語だった “駕崩“ を他国の女王に対して使うのも変なのでしょう。
ヨーロッパ系言語は「死」を意味する言葉は少ない
私の調査不足かもしれませんが、英語、スペイン語、ブラジル・ポルトガル語のいずれも似たり寄ったりで、「死」を意味する言葉が意外と少ないことに気づきました。大まかに言って、以下の3パターンです。
- 分け隔てなく中性的な「死ぬ」(例:英語の “die”、スペイン語の “morir”、ブラジル・ポルトガル語の “morrer” )
- 婉曲表現の「死ぬ」(例:英語の “pass away”、スペイン語の “fallecer”、ブラジル・ポルトガル語の “falecer” )
- 王族に使う尊敬語で名詞のみの「死」(例:英語の “demise”、スペイン語の “desaparición”、ブラジル・ポルトガル語の “desaparecimento”)
日中含めて各国共通でストレートな「死」の他に婉曲表現を持っていることが分かります。しかし、ヨーロッパ語ではその数はあまり多くはなさそうです。英語がいくつか異なる婉曲表現を持つのに対して、スペイン語/ブラジル・ポルトガル語はわずか1つでした。この数の差は単なる調査文献が充実しているかどうかの違いだけであって、私の調査不足の可能性があります。
面白いのが貴人に対して使う最も硬い尊敬語表現は、ヨーロッパ3言語どれも名詞になることです。ヨーロッパ言語の特徴として、普段の口語表現から格式ばった文語表現になるにしたがって、あるいは、主観的な表現から客観的な表現になるにしたがって、能動態⇒受動態⇒名詞表現に変わっていきます。この辺の事情は、英語の例ですが、「NASA SP-7084 に学ぶ英作文のお作法」の回で紹介しました NASA 監修の SP-7084 という技術文書作成者向けハンドブックにも書いてありました。
日本語の「お隠れになる」はポルトガル語が起源か?
調べてみて面白いと気づいたことがもう一つあるので、最後に触れます。それは、日本語の「お隠れになる」という表現が実は、ポルトガル語が起源かもしれないということです。またはその逆で、ポルトガル語の “desaparecimento” が日本語の「お隠れになる」由来なのかもしれません。
“desaparecimento” は日本語に直訳すると、まさに「雲隠れ」だからです。日本とポルトガルは種子島で接点があります。そして、ポルトガルこそがキリスト教を日本に伝道しました。当時、日本からもポルトガルに留学に行っています。この時、どちらか一方の文化が言葉を通じて伝わった可能性があるのではないかと思いました。
もっと言うと、ポルトガルとスペインはお隣同士のお国柄ですので、日本語の「お隠れになる」文化がポルトガルを経由して、スペインにももたらされ “desaparición” を使うようになった可能性だって考えられます。そうやって歴史に絡めて思いを馳せると、単に単語を覚えるよりもワクワクして覚えられますよね。
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