“说归说” vs “having said that”とは言え…

YinYang 習慣

外国語を勉強していると、時に「なぜこういう言い回しになるのか」と疑問に苛まれることがあります。中国の “说归说” がそうです。日本語では「とは言え」ですが、そもそも “归” に譲歩の意味合いがあるのでしょうか。

“说归说” の使われ方

“说归说” は、会話の中で「そうは言っても、実際のところはね」と言い訳がましく、建て前を言った後に、本音を述べる時に使う口語表現です。中国語で言い換えると、”虽然说,但……” になります。例えば、

(中) 我工作太忙,现在没有空闲时间,说归说,有时突然有空闲时间时,反而无法打发时间。

(日) 仕事が忙しいので、今は暇がありませんが、そうは言っても、実際のところは、急に暇になっても、暇つぶしにやることがありません。

こなれた口語表現を使えるように、作文練習をしても、「なぜ、こういう言い回しでそういう意味になるの?」というわだかまりがあると、なかなか身につきません。そこで、そもそも普通の意味とは違い “归” が意味するところを調べました。

“归” の意味

“归” は日本の漢字ですと、「帰」です。意味もかなり近いです。

  • 「帰る」:早出晚归 / 朝早く出勤して夜遅くまで働いて帰宅する
  • 「返却する」:归还原物 / 借りたモノを元通りにして返却する
  • 「帰属する」:申请归化 / 帰化を申請する

は日本語の意味とほぼ同じです。しかし、日本語の語感とは違う意味合いもあります。

  • 「まとめる」:归总一句话 / 一言で言うと

“说归说” という言い回しで使われる “归” は、どうもこの最後の「まとめる」という意味のようです。ですので、「言いたいことは一から十まで全部言った、(けどね…)」というニュアンスなわけです。

この意味でしっくり来る言葉が日本語にもありました。「帰納法」です。前段であれもこれもと「建前」を言い募り、個別事象を尽くして、最後に本質である「本音」を導き出しているではないですか。まさに「帰納法」そのものです。

覚えていらっしゃる方は思い出してください。高校数学に出てくる数列の和を導き出す数学的帰納法は、永遠に繰り返す数列の和が、結局1つの簡単な式になってしまうので痛快でした。これと同じことです。

自分が変えられない悪習を題材に “说归说” 表現の作文練習をすると、本音が導き出せて、悪習を断ち切る突破口を見出せるかもしれません。

私の場合は、例えば、「仕事が忙しくて中国語の作文練習ができないよ」という建前を言った後に、 “说归说” と続けて「いやいや、食事している時や歯磨きの時があるじゃないか。隙間時間にちょこっと作文すればいいでしょうが。」と繋げればいいのです。

我工作太忙,现在没有时间用中文造句。说归说,在像吃饭或刷牙那样的空隙时间里可能可以造句。

英語でも似た表現 “having said that”

英語でもよく似た表現があります。BBCのBusiness Matterを聞いていると、出演者がよく口にするのが、”having said that…” です。これも日本語で言うと、「そうは言っても」という意味です。これは直訳そのままですね。

先ほどの例文ですと、以下のようになるでしょう:

I’m too busy at work to make sentences in Chinese for now. Having said that, I might be able to do it in between time like eating or brushing my teeth.

他に「そうではあるが」的にお堅い “be that as it may” という英語表現もあります。これに当たる中国語は “话虽如此 (huàsuīrúcǐ)” です。こちらも如何にも堅そうです。どちらも書き言葉のため、一席ぶつ時に恰好をつけたい時に使う人もいますが、会話で出てくることはほぼありません。

ポルトガル語とスペイン語も同じ言い回しがあって、それぞれ “dito isso” と “dicho esto” です。これも直訳そのままです。

これらヨーロッパ言語の方は、直感的に理解できてすぐに覚えられます。

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