昔から「腹八分目で医者要らず」という言葉があります。空腹の時間が長いと、オートファジーやサーチュイン遺伝子が働いて、体の修復が進むからです。もう一つの因果関係が見つかりました。体内時計がまともに働く⇒目が健康になる⇒炎症反応が減る⇒長寿になる、です。
ハエの話ですが…
この回紹介する研究で使われたのはハエです。ハエがなぜ長寿研究に向いているのでしょうか。寿命が短いので、早回して研究結果を得るのに都合がよいからです。マウスより遺伝子が単純なので、ヒトと似た遺伝子を操作して結果を得るには、他の要素からの雑音が少なくて打ってつけです。飼育費も少なくて済みます。
著書 “Lifespan” で一躍脚光を浴びることになった David Sinclair 氏が酵母を研究対象にしたのも、上記の理由からです。ヒトそのものを遺伝子操作したり、ましてやその効果を見るために操作した/しないの2つのグループに分けて追跡調査するなど倫理上できようもありません。
ですが、ハエそのものを研究をする目的ではなく、ワンクッション置いてヒトを対象にしてまじめに研究しているので、その成果がヒトにも当てはまることを期待できます。
カロリー制限すると、体内時計が整う
前置きが長くなりました。本題に入ります。
論文によると、カロリー制限すると、体内時計が整うそうです。周期の乱れが少なくなり、体内時計の波の振幅を電圧で測ると、振幅電圧が大きくなるのです(1)。
カロリー制限すると、どうして体内時計が整うのかまだはっきりしたことは分かっていません。一説には飽食が過ぎると、インスリンの分泌を乱すためとされています。自然なインスリンの分泌には周期がありますが、それが乱されることによって、体内時計が乱れるというのです。しかし、「インスリンの分泌周期を作っているのも体内時計なのでは?」という疑問も湧きます。興味が尽きないところです。
話が飛びますが、別の論文によると、魚類のインスリンは糖質には反応せず、アミノ酸、特にその一種アルギニンに反応して分泌されるそうです。この点はヒトを含む哺乳類も同じだそうです。進化の過程で、上陸した生物が海ではお目にかかれない豊富な糖質に巡り会って、インスリンが糖質に反応して血糖を脂肪に変えて備蓄する能力を獲得したのかもしれないというのです(2)。それもあって最近では、糖質を摂る前に、タンパク質(つまりアミノ酸)を先に摂取してインスリンを分泌しておけば、食後血糖値の急上昇「血糖値スパイク」を予防できるとされます。
実験では、エサに加えるイーストの分量を 5% にした飽食グループと 0.5% にしたカロリー制限グループに分けています。その結果、カロリー制限したグループの体内時計は周期の乱れが少なくなり、体内時計の波の振幅も大きくなりました。
体内時計が整うと、目が健康になる
体内時計が整うと、時が経っても目の組織の状態が良好に保たれます。目は光を見るための感覚器ですが、光のエネルギーは結構なものなので、使っていると目の組織が傷んできます。受光する細胞が傷ついていくと、ものが見えづらくなってきます。
体内時計が正確に時を刻んでいれば、問題ないのですが、体内時計が乱れると、目の細胞の関門が見張りがおろそかになります。そして、細胞内に害を及ぼすカルシウムイオンを取り込んでしまい、劣化するそうです。
それであれば、目をあまり使わなければよいのでしょうか。正解です。そもそも地中を棲家にして目が退化したハダカネズミなどの生物は他の生物に比べて長生きするので、光を浴びないに越したことはありませんし、目を使わずに済ませられるのであれば、できるだけ使わないようにするのが得策です。
しかし、地上に住む我々ヒトは目を全く使わないわけにもいきません。トレードオフのバランスをとる以外ないのです。
そういう意味では、「40Hz の刺激で頭が冴え渡るのか…」の回で紹介した 40Hz で点滅する光というのは、点滅するのですから目に入る光の量が半分になり、それでいて、脳内の体内時計を外から同期させて認知機能を向上させることができるわけです。一石二鳥にも思えます。
商用電源周波数(関東だと 50Hz、関西だと 60Hz なのでやや高過ぎ)で光っていた昔の蛍光灯の方が今のインバータ方式より健康的だったということでしょうか。目がチカチカしそうですが。
目が健康だと、寿命が延びる
目の細胞が健康に保たれていると、バリア機能がしっかりはたらき、外敵をシャットアウトすることができます。
目は脳と一番近い位置にあって、しかも外界に剝き出しになっているので、反対にバリア機能が失われると脳にも悪影響をもたらすことになります。
目の細胞に傷=穴ぼこができると、そこから細菌やウイルスが侵入してこようとします。そうすると、外敵の侵入を防ぐために、体は免疫機能を発動します。
有象無象の外敵に対処する万能免疫は、時に自分自身の体の細胞も傷つけてしまいます。つまり、炎症が起こるのです。ハエの例では、目だけで炎症が起きるに止まらず、全身で炎症が起きてしまうそうです。
炎症反応がそこここで起きると、体の修復を担うオートファジーやサーチュイン遺伝子も手が回らなくなります。ましてや、ひっきりなしに食べ物を頬張っていると、胃腸は休む暇もなく働き続けなければなりません。体にとっては必要な食べ物も、それを消化するために消化液を使ったり、細かく砕くために胃壁や腸壁と食べ物が擦れるわけで、傷がつかないわけはありません。その修復のために、オートファジーやサーチュイン遺伝子はもうフラフラです。
炎症反応から受けるストレスによって、DNAを構成する塩基が確率的にメチル化されて、遺伝子が正常に機能しなくなり、それが蓄積されていくのが「老化」という説があります。これをエピジェネティクスなどと言ったりします。何とこのエピジェネティクスは細胞分裂の過程で親細胞から子細胞に継承されていくので厄介です(3)。
かくして、体全体の劣化=老化が進む、つまり寿命が縮むわけです。
食事の回数を減らす、そして目を労わる
ハエの例ですと、飽食グループの寿命が40日程度で、カロリー制限グループの寿命は何とその倍の 80 日程度に延びました。そのままヒトに当てはめることはできませんが、驚きの効果です。
オートファジーやサーチュイン遺伝子は食事を摂らない時間が 12 時間を超えたところから働き始めますので、同じカロリー制限をするなら、食事の回数を減らすことをお勧めします。それもあって、私は「16時間断食ダイエットで嫁のいびきが消えました」の回で紹介したように、夕食を抜いて 16 時間断食をしています。タイトルにあるように、嫁のいびきが消えて快眠できるようになりました。
そして今回の論文で、目を労わるのが大切だと知りました。日中の太陽がカンカン照りの時間帯に長い時間外にいるのは避けて、室内の照明は暗めにするがよさそうです。早速、調光しました。
[参考文献]
- Hodge, B.A., Meyerhof, G.T., Katewa, S.D. et al. Dietary restriction and the transcription factor clock delay eye aging to extend lifespan in Drosophila Melanogaster. Nat Commun 13, 3156 (2022). https://doi.org/10.1038/s41467-022-30975-4
- 安藤 忠, インスリンの本来の機能は?, 比較内分泌学, 2009, 35 巻, 135 号, p. 313-316, 公開日 2010/01/12, Online ISSN 1882-6644, Print ISSN 1882-6636, https://doi.org/10.5983/nl2008jsce.35.313
- David H. Meyer, Björn Schumacher. Aging clocks based on accumulating stochastic variation. Nature Aging, 2024; DOI: 10.1038/s43587-024-00619-x
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