脳の物理的な形と脳波の波長によって、どの脳神経細胞が活性化されるのかは、バイオリンの音を鳴らすように簡単な共振の仕組みだったようです。XX野などの名前をつけてブロードマンの脳地図は何だったのか、という感じです。
脳地図とは
脳地図とは、脳の特定の部位が特定の機能を司るとする考え方に立って、視覚情報が入ってきたら活性化されるところを視覚野などととして区分したものです。代表的なものにブロードマンの脳地図(Brodmann cytoarchitectonics)があります。適材適所で機能が局在しているという考えです。
歩きスマホは怪我の元です。それでも、曲がりなりにも歩きながらスマホの画面を見たり、電話するなどのマルチタスクがある程度できるのは、太古の昔に狩猟採集生活をやっていた名残でしょう。獲物がどこにいるか見て、仲間と声を掛け合いながら、槍を片手に歩いて茂みに近づいて行ったところ、茂みから音がして猛獣が潜んでいるのを仲間が見つけて「逃げろ!」という叫び声を聞くや、もろともほうほうの体で逃げ帰る、ということがこなせなければ、ヒトという種は現在生き残っていなかったでしょう。
「見る」、「歩く」、「持つ」、「話す」、「聞く」と実に様々なことを一度にこなしています。ですので、脳の中にそれぞれ特定用途向けのプロセッサが存在して、並列処理しているというモデルで考えるのは自然な成り行きだと思います。
確かに、大脳には海馬、視床、視床下部、扁桃体などのように境界がはっきりして、誰が見てもそれぞれ違う機能を持っていそうと考えてよさそうな部位があります。しかし、大脳皮質はどうでしょうか。見た目ではどの辺に境界があるのか分からないのですが、脳地図で視覚が刺激を受けると活性化する部位を視覚野などと呼んでいます。
脳地図はアフリカの地図のようなものだった可能性
というわけで、脳地図でも大脳皮質についての地図は、結構眉唾な感じもありました。今回紹介する豪モナシュ大学の研究はそこにメスを入れるものです。刺激に対して発生する脳波が大脳皮質の共振した時に定在波が発生し、その定在波の山に当たる部位が活性化されるというのです。
先ず、255人の健康な被験者に7つの課題(Social, Motor = 手足の指や舌の運動, Gambling = 推理カードゲーム, Working memory = 短期記憶テスト, Language = 読解と計算, Emotion = ビデオを見て感情が動いたか否か, Relational = 図形の類似性推理)を与えて、大脳新皮質の活性化される部位を脳波計や fMRI で測定します。実際には、Human Connectome Project からのデータを採用しています。
そして、脳地図から推定される活性化領域と単純に大脳皮質の形から決まる脳波が共振した時の定在波の山に当たる部位のどちらが脳波計やfMRIで測定したデータと近しいかを比較したのです。果たして、脳波の定在波の山脈の方が実測データが示す活性部位により近かったのです(1)。
MITの研究でも、少なくとも記憶の一形態は、ある特定の部位というわけでなく、複数の箇所にある多くの大脳皮質の脳神経細胞が数多く集まって、協調して電場を生み出している様子を捉えています(3)。当MIT研究グループは、外部からの刺激でガンマ波(40Hz)が発生し、脳全体を波のパターンでオーケストレーションして記憶する役割を担い、アルファ波とベータ波 (12–30 Hz) が活発に活動してよい脳の部位を限定しているというのです(4)。半導体回路をシリコンに焼き付ける際の光源がガンマ波で、フォトマスクがアルファ波とベータ波ということができます。
アフリカ大陸の地図に描かれた国境線は何やら直線的で如何にも「人為的に引いたでしょう」と言わんばかりです。それもそのはず、イギリスとフランスがそれぞれ南北縦断、東西横断しながらアフリカに植民していき領地を分け合う際に、境界に直線を引っ張ったためです。かつての植民地の境界線の名残が今のアフリカ大陸の国境線なのです。
脳地図も人為的境界という意味でそうである可能性が出てきたのです。大脳皮質の形や大きさには個人差があります。それを無視して地図にしたのが脳地図なので、ある平均的モデルなのです。しかし、実際の各課題に対する被験者それぞれの大脳皮質の活性化領域を見ると、個々人の脳波の定在波の山脈と一致するのです。当たり前ですが、大脳皮質の形や大きさは個人差があるので、当然の結果と言えばその通りです。
脳の記憶=ホログラフィックメモリ仮説
かつて、次世代メモリ技術として、ホログラフィックメモリ(Holographic memory)がもてはやされた時代がありました。CD、DVD、Bluray などの光学ディスクの次を担うような期待の星でした。ところが、いつまで経っても商品化されることはなく、いつの間にか話題にも上らなくなりました。
このホログラフィックメモリのスゴイところは、厚みを持った3次元の光学ディスクをメモリ素子として使って、書き込むための光源であるレーザ光の波長をいろいろ変えてあげれば、ホログラフィ技術を使って、理論上はいくらでも情報を書き込める点にあります。
ホログラフィは光の干渉計の一種で、物体の像を3次元で記憶させることができます。先ず、レーザ光に代表される単色波長の光を記録したい物体に当てます。次に、物体を透過した光や反射した光を、透過や反射されていない元の光と干渉させます。そして、干渉縞を写真として記録します。後で同じ単色光を当てると、記録した物体が3次元で浮かび上がらせることができるのです。光で説明しましたが、単色の波であれば、音でも電磁波でも脳波でもよいのです。
先ほど見てきたように、脳が外界から刺激を受けて脳波が発生した場合に、大脳皮質の形と大きさが決まっているので、脳波が共振するという話をしました。共振と干渉は厳密には違う物理現象ですが、定在波の山ができることは変わりありません。
どうでしょう、脳波の定在波の山に当たる大脳皮質の神経細胞たちが集団として「記憶」しているのだとすれば、ホログラフィックメモリと同じことではないでしょうか。この仕組みであれば、多少関係する神経細胞が死んでも、記憶の解像度は落ちていきますが、記憶自体は残る堅牢性があります。生活する中での実体験とも符合しませんか。
この仮説は何も新しいものではなく、何十年も前から唱えられてきました。しかし、実証データに基づいて、再び脚光を浴びる可能性が出てきました。
脳が萎縮すると認知症になるのは共振波長が変わるから?
脳の萎縮は認知症のエビデンスですが、認知症になると、脳が萎縮するというよりも、脳が萎縮することで、大脳皮質で脳波が共振する波長が変わるので、先ほど述べたホログラフィックメモリが読み出せなくなるということなのかも知れません。
現に、普通の物忘れの場合は、記憶のある一部が思い出せない状態です。何かのきっかけでその一部に辿り着けば、記憶の全体が蘇ります。一方、認知症の場合は、記憶を丸ごと忘れるのです。ですので、息子の顔を見ても「あんた誰?」ということになるのです。
この現象も、脳の一部が何らかの病気や事故で損傷を受けても、記憶自体がスポッと抜けてしまうということにつながりにくい事実も説明できると思います。脳が凡その形や大きさを保っているうちは、共振する波長は同じままですから、読み出す記憶領域がずれないので、記憶が完全に飛んでしまうことはないのではないでしょうか。
一方、脳の形や大きさまでかわるような、例えば、脳萎縮が進んでしまうと、共振する波長が変わるので、共振する定在波の山脈の位置がずれて、記憶した領域を活性化できずに読み出せないと考えれば説明がつきます。
脳が萎縮しないように生活習慣を整えるべし
脳の形や大きさが記憶と大きく関わっているのだとすると、認知症を予防し脳の健康を保つために目標とすべき指標は、脳の形や大きさの現状維持ということになります。
脳は水分以外では、65 % が脂質(特にオメガ3脂肪酸の DHA )、残りの 35 % がタンパク質でできています。ということは、脳の形や大きさを維持しようと思えば、DHA とタンパク質が豊富な青魚をしっかり食べて、修繕に必要な時間を確保するためにたっぷり眠ることだということがよく分かります。短時間の昼寝も脳の大きさを保ち、認知症予防に効果的だそうです(2)。
今回も勉強になりました。改めて生活習慣を整えることの大切さに感じ入りました。
[参考文献]
- James C. Pang, Kevin M. Aquino, Marianne Oldehinkel, Peter A. Robinson, Ben D. Fulcher, Michael Breakspear, Alex Fornito. Geometric constraints on human brain function. Nature, 2023; DOI: 10.1038/s41586-023-06098-1
- Valentina Paz, Hassan S. Dashti, Victoria Garfield. Is there an association between daytime napping, cognitive function, and brain volume? A Mendelian randomization study in the UK Biobank. Sleep Health, 2023; DOI: 10.1016/j.sleh.2023.05.002
- Dimitris A Pinotsis, Earl K Miller. In vivo ephaptic coupling allows memory network formation. Cerebral Cortex, 2023; DOI: 10.1093/cercor/bhad251
- Earl K Miller, Scott L Brincat, Jefferson E Roy. Cognition is an emergent property. Current Opinion in Behavioral Sciences, 2024; 57: 101388 DOI: 10.1016/j.cobeha.2024.101388
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