熱視線を浴びる水素が温暖化を助長?

Headbanging rats 科学技術

日本を含めた各国で近年次世代エネルギーや材料として熱視線を浴びる水素ですが、作るのが一苦労な上に、保管も難しい難物です。作ったらすぐに使うが原則で、野放しにすると逆に温暖化を助長するようです。

不安定な水素

水素は大気圏では水素分子(H2)としては安定して存在することはできない代物です。元素周期表の一番左端に並んでいるものを見るとよく分かると思います。水素の下はリチウム(Li)ですし、その下はナトリウム(Na)です。リチウムもナトリウムも燃えやすいことは周知の事実だと思います。リチウムイオン電池はよく燃えて消防沙汰になりますし、小中学校の化学実験で水をたたえた桶の中にナトリウム金属のかけらを放り込むと、勢いよく燃え出すのを見たことがあるでしょう。

元素周期表の一番左端の水素原子と元素周期表の右の端の方にいる酸素原子とは相思相愛なのです。まさに恋焦がれる関係なのです。水素は電子をあげたがり(H→H++e 酸化)、酸素は電子を奪いたがる(O+2e→O2- 還元)のです。というわけで、水素と酸素が出会うと、すぐに燃え上がって水(H2O)になります。

一番ショッキングだったのが、東日本大震災の時に起きた福島第一原発事故で、水素爆発を起こした映像でしょう。

水素は2つ集まった水素分子(H2)の状態でも、世の中で一番小さな分子なので、ポリ袋に貯めることもできません。プラスチックでできているポリ袋の目を潜り抜けていってしまうのです。水素を貯蔵するには相当目が細かい素材で作った容器でなければなりません。原発の建屋は密閉性よくできていたがために、却って水素が貯まりやすく、大気中の酸素に触れることで一気に燃焼してしまったのです。

次世代スーパーキャパシタのカチオンとして有力視

そのような取り扱い注意の水素ですが、水素イオン(H+)は世の中で一番小さなイオンなので、次世代スーパーキャパシタで使うカチオンの一候補になっています。電荷密度を究極まで高めたければ、当然検討したくなります。

スーパーキャパシタというのは、コンデンサの一種です。電気を貯める容器です。畜電池は酸化還元反応と呼ばれる化学反応を使って、電子のやり取りを正極と負極の間でおこないます。一方、スーパーキャパシタはコンデンサなので、電圧を正極と負極との間にかけて電気を貯めておくためのものです。

充電の時に、プラスに帯電させた正極にマイナスの電荷を帯びたイオン(アニオン)を吸着して貯めて、反対の負極にプラスの電荷を帯びたイオン(カチオン)を吸着して貯めます。そして、貯めておいた電気が必要になった、逆に吸着しておいたイオンを正負両極から引き離して、電荷移動させる、つまり電流を得るのです。

電気自動車に畜電池を搭載するのは当然として、スーパーキャパシタも必要とされます。走り出しに勢いをつけたければ、一気に電流を流す必要があります。

畜電池は電池内の酸化還元反応は反応時間が決まっているので、急にたくさんの電気を放電できません。逆に急に放電できてしまうと発熱・発火を招きます。スーパーキャパシタは一気に電流を流すことができるのです。電極に吸着しておいたイオンを一気に放出すればよいからです。

また、ブレーキをかける時に、ガソリンエンジンの自動車なら車輪の回転を止めようとすると、ディスクブレーキもしくはエンジンブレーキの摩擦熱として散逸させるのが普通です。それではもったいないことです。電気自動車では車輪を動かすモータがあります。これを発電機として使わない手はありません。自電車のヘッドライトと同じです。

起こした電気をどこに貯めましょうか。当然最終的に行き着く先は畜電池なのですが、その時も一気に充電はできないのです。放電の時と同じ理由です。再びスーパーキャパシタの出番です。スーパーキャパシタなら、一気に電極にイオンを吸着させてしまえばよいからです。ブレーキをかける時間は短いですので、そのスパイクさえいなせれば、後はチョロチョロとスーパーキャパシタから畜電池へ電気のため場所を移動させればよいわけです。

この性格の違いがあり、発進時とブレーキ時にも大電流を充放電できる一人二役の蓄電池が現れない限りは、電気自動車には蓄電池の他にスーパーキャパシタも必要になるとされています。

そのスーパーキャパシタに蓄積する電荷の密度を高めるには、サイズの小さなイオンが求められるわけです。それで水素イオンに白羽の矢が立つのです。

とにかく水を電気分解

とは言っても、水素イオンを簡単に手に入れる方法が必要です。それが水なのです。普通の状態でpH 7 の酸度の液体です。これぐらいの水素イオン(H+)がいるのです。これを使えれば、材料が水ですから、リチウムとわけが違ってコストは安く上がるはずです。同じく海水から容易に手に入るナトリウムイオン(Na+)もありますが、こちらはリチウムイオンよりサイズが一回り大きくなってしまい、理論上は電荷密度を上げづらいのです。

しかし、ここで壁が立ちはだかります。水を温めたりいろいろやって水中で分解して水素イオン(H+)の濃度を高めようとしても、言うほど濃度を上げられません。また、電気を貯めていくということは同時に正負極間の電圧差も大きくなっていきます。電圧差が1.23Vを超えると、電気分解が起こり始めます。両極の電圧差がせいぜい1.23Vしかないスーパーキャパシタは使いづらくて仕方がないですね。

ということで、むしろ電圧差が1.23Vという低い電圧から分解するのであれば、水を電気分解して水素を水素分子(H2)という気体として取り出して利用した方がよいように思えます。水素エネルギーとして利用するにしても、人工光合成に使って食糧問題を解決するにしても、水を電気分解して水素を取り出すことが一丁目一番地なのです。

しかし、先ほど述べたように、水素は気体の状態で可燃性をもちかつ散逸しやすいため扱いがやっかいなのも事実です。

注目が集まるメタネーション

そこで近年期待が高まっているのがメタネーションです。”Methanation” と英語表記の方がイメージがつきやすいでしょう。そうです、メタンガスを作る材料として水素を用いるのです。欧州で実用化が先行していますが、日本でも内閣府は発表している骨太の方針にもメタネーションが登場します(1)。経産省傘下の資源エネルギー庁が国民向けの説明ページを設けています(2)。

水素は貯蔵が難しく、貯蔵のための設備投資を今から行うのはかなり大変です。国民の負担にもなります。しかし、化学反応させてメタンガスにしてしまえば話は別です。メタンガスであれば現在ガス会社から各家庭や工場など至る所に張り巡らせたガスパイプラインがそのまま使えます。

どうやってメタンガスを作るかというと、水素と二酸化炭素を反応させる(4H2+CO2→CH4+2H2O)のです。実際には触媒ヤが関わってくるので正解ではありませんが、大まかな理解としては下のスライドショーのような具合です。

この過程で結構エネルギーを消費して、メタンガスを作るよりも投入するエネルギーの方が多くて、天然ガスを輸入するより割に合うのかという点が気になります。

資源エネルギー庁の記事によれば、上記の懸念は、①水を電気分解するための電気は風力や太陽電池などの自然エネルギーから得る、②二酸化炭素は工場などで発生するものを大気中に排出するのではなく回収することで、メタンガスを地産地消してカーボンニュートラルを実現する構想です。

決して眉唾の永久機関のようなものではなく、投入するエネルギーはちゃんと自然エネルギーから得るのです。これなら納得です。いろいろ克服しなければならない課題が多いとは思いますが、現実味を十分感じる構想です。自然エネルギーを直接使うパスもありつつ、このように、必要悪として産出した二酸化炭素を元のエネルギーに戻すというパスも用意するわけです。

悩ましいのはガスリーク

ここで悩ましい問題が提起されました。牛のゲップの話をご存じの方がいらっしゃると思います。牛のゲップに含まれるメタンガスが地球温暖化の要因の一つとされるという話です。そうなのです。メタンガスは二酸化炭素の約25倍の温室効果があるのです(3)。

酪農以外にも化石燃料の採掘場やごみ埋め立て地などからもメタンガスは発生しているのですが、メタネーションの工程でメタンガスがリークすると、カーボンニュートラルはある程度達成したとしても、地球温暖化は食い止められないという中途半端な結果になりかねないのです。

もう一つの懸念が水素です。こちらの方がさらにやっかいです。メタンガスはある程度分子が大きいので、努力すればリークをかなりの程度抑えられると思いますが、上で説明したように、水素分子(H2)は世界最小サイズの分子なので、容易ではありません。水素が漏れても、大気中の酸素と出会って水に変わるのであれば、雨になって降り注ぐぐらいで済むと考える向きもあるでしょう。しかし、そうは問屋が卸さないようです。

水素が大気中に充満すると、同じく大気中に通常存在するOH(酸素原子と水素原子が結合したもの)に出会って化学反応を起こします。そうすると、せっかくこれまでOHが担ってきた役割を果たせなくなるのです。その役割がメタンガスを酸化してホルムアルデヒドと水素に変えるという役割です。その結果、メタンガスが増えてしまうというのです。

プリンストン大学の研究チームが行ったシミュレーションによると、水素を生産してメタネーションするまでの全工程で、水素の散逸を9 ± 3%以下に抑えられて初めてカーボンニュートラルが実現するとのことです。かなり高いハードルです(4)。

この課題は、メタネーションの際に反応し切れずに残った水素を大気中に散逸させずにどう封じ込めるかを解決しない限り、最後まで付きまとってきそうな予感がします。水素を作り出す場所やメタネーション工場を地上ではなく、地下や海底にするなど工夫を要するかもしれません。

日本の場合は地熱が使えないか

日本の場合、”Ring of FIre”(環太平洋火山帯)に属し、世界有数の地熱源を保有しています。

それにも関わらず、環境問題等の課題があり、自然エネルギーとして火山活動が生み出す地熱エネルギーをまだ十分に活用し切れていません。しかし、水素をメタネーション反応させる前の仮置きスペースに地下を使うならば、地熱発電した電気で温泉を電気分解して水素を作り出せば地産地消が実現できると思うのですがどうでしょうか。

[参考文献]

  1. 内閣府:経済財政運営と改革の基本方針2023 加速する新しい資本主義~未来への投資の拡大と構造的賃上げの実現~(令和5年6月16日閣議決定) ↩︎
  2. 資源エネルギー庁:ガスのカーボンニュートラル化を実現する「メタネーション」技術 ↩︎
  3. Naveen CHANDRA, Prabir K. PATRA, Jagat S. H. BISHT, Akihiko ITO, Taku UMEZAWA, Nobuko SAIGUSA, Shinji MORIMOTO, Shuji AOKI, Greet JANSSENS-MAENHOUT, Ryo FUJITA, Masayuki TAKIGAWA, Shingo WATANABE, Naoko SAITOH, Josep G. CANADELL, Emissions from the Oil and Gas Sectors, Coal Mining and Ruminant Farming Drive Methane Growth over the Past Three Decades, Journal of the Meteorological Society of Japan. Ser. II, 2021, Volume 99, Issue 2, Pages 309-337. DOI: https://doi.org/10.2151/jmsj.2021-015 ↩︎
  4. Matteo B. Bertagni, Stephen W. Pacala, Fabien Paulot, Amilcare Porporato. Risk of the hydrogen economy for atmospheric methane. Nature Communications, 2022; 13 (1) DOI: 10.1038/s41467-022-35419-7 ↩︎

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