米Openwater社というスタートアップ企業が近赤外線と超音波を使い、米国で脳可視化装置の治験を始めました。将来、MRIやCTを脅かすまでになるかは未知数ですが、頭に被るサンバイザのような撮像器とスマホだけで脳卒中の発見と脳腫瘍の治療を目指しています。
Openwater社ー波乱万丈のCEOが起業したスタートアップ
Openwater社は2018年にCEOのMay Lou Jepsen氏が起業したスタートアップです。彼女は実に波乱万丈の人生を歩んできました。
Jepsen氏は大学でホログラフィを研究していた頃、体が衰弱し動けなくなる自分を見る中で、死期が近いことを悟りました。お金がなく、満足した医療を受けられないでいたところ、教授がポンとお金を出してくれ、MRI検査をした結果、脳腫瘍が見つかり、手術して九死に一生を得たのです。
この原体験がそうさせるのか、Jepsen氏は社会に出てから、貧困家庭の子どもたち向けの激安PCを作りました。その後リーマンショックでその企業が上手くいかなかった後、GoogleやFacebok(現Meta)に入り、VR/ARディスプレイを作って、コンスーマ機器業界でブイブイ言わせました。
しかし、原体験がまた再び彼女を駆り立てたのです。医療機器業界に革命を起こすために立ち上がったのです。原点に戻って、近赤外線と超音波を使ったホログラフィ技術を使って、体の中を可視化できる技術の開発に取りかかったのです。
何者だと注目して、Openwater社のホームページ(文献1)やらJepsen氏のTED出演動画(文献2)などをチェックしていると、壮大な計画を持っていることが分かりました。何と頭に被ることができるウエラブルMRIを作って、最後は非侵襲のBCI (Brain Computer Interface; 脳とコンピュータ間で情報通信)をできるようにして、以心伝心のテレパシー装置を作り上げるとぶち上げていたのです。
Openwater社の技術
近赤外線ですから、光学技術です。企業当時、同社のホームページを見ると、最初はレーザー、プリズムやミラーを鉄製の定盤に固定して実験するスタイルでした。
しかし、コンスーマ機器業界に顔が利くことをいいことに、近赤外線の半導体レーザを作り、近赤外線光の干渉縞を撮影できる高精細カメラを作りました。そしてそのカメラにホログラムを結像させるために、それを実現するため焦点レンズ代わりになる小型の位相変調器を作りました。位相変調器というのは、近赤外線や超音波などの波を一点に収束させるために1本1本のレーザ光の位相をちょっとずつ遅らせるための部品です。これを使って面で発光させたレーザー光を一か所に集めることができます。ビームフォーミングという名前が付いています。
米国特許(文献3)を見ると、上記で開発した部品をどのように組み立てて、3D電子ホログラムを撮像する仕組みが窺がえます。
上の図の103から近赤外線レーザを面発光して、113で位相変調させて、133のVoxel(2Dの画素のことをPixelと呼び、3Dの画素をVoxelと言います)に近赤外線レーザを収束させています。153がホログラムのいわゆる参照光と呼ばれるもので、103と同じ波長の近赤外線面発光レーザで、こちらは位相変調しません。位相変調を受けてVoxel 133の一点に収束したレーザ光は散乱します。散乱した近赤外線と参照光103とが干渉して縞模様になります。その干渉縞を170のカメラで撮るわけです。133のVoxelの位置を少しずつずらしていき、すべての領域をスキャンしたところで3D電子ホログラムの出来上がりです。
図中に超音波音源115もあります。これは何の役割があるかというと、こちらもVoxel 133に収束させます。体の軟組織であれば、超音波を当てることでプルプルと震えさせることができるわけです。その震え具合が近赤外線の位相変調の強弱となり、軟組織の硬さを表わすので、脳腫瘍や血栓があれば、患部の硬さを見て取れるという寸法です。
この特許を読んだ時に、思わず「オー」と言ってしまいました。実際に治験中の脳可視化装置は特許に記載された形ではないかもしれませんし、もしかしたら、原理もこの特許当時とは変わっているかもしれません。何れにせよ、現物としてサンバイザーのような出で立ちで登場する運びとなりました。そして現在治験中です。
認知症の治療にも使える
同社は脳腫瘍の一種は他の正常細胞に比べて硬くて脆いので、超音波を当てれば発見できるし、その硬くて脆い脳腫瘍がもつ固有周波数にピッタリ合う超音波を当てれば脳腫瘍を壊すことさえできるとしています。検査良し治療良しで内視鏡のようなものです。同じように、結石の超音波治療は普通にあるので、よくすれば血栓も壊せます。
認知症の治療にも使えそうです。「ボケ除けには赤い光」の回で紹介しましたように、 Photobiomodulationという技術があります。患部となっている脳神経細胞に近赤外線をビームフォーミングしてピンポイントで当てることで、その脳神経細胞の活動を高めるような治療も可能でしょう。
近赤外線だけでなく、超音波の方も認知症治療に使えそうです。「40Hz の刺激で頭が冴え渡るのか…」の回をご覧ください。患部となっている脳神経細胞に超音波をビームフォーミングしてピンポイントで当てることで、その脳神経細胞の活動を高めるような治療も見えてきました。
最初の製品が発売されるのはいつ?
治験⇒FDA (U.S. Food and Drug Administration) 認証とまだまだ先は長そうですが、MRIやCTに対抗する激安医療機器を目指しています。ですので、相当インパクトがある製品として、条件付き早期承認制度に上手く乗れるかもしれません。そうなれば、数年先にはスマホぐらいの価格で発売されるかもしれません。そのうち救急車や、もっと言うと、家庭の救急箱に入っているかもしれません。
そうなれば、IPOもあるでしょう。同社のホームページで大きな光学部品がいくつも鉄の定盤に固定されているのを見た時には、正直夢物語と思っていましたが、これからは違うでしょう。投資家の皆さんの目を釘付けにするかもしれません。注目のハイテク企業です。
[参考資料]
- Openwater: https://www.openwater.cc/
- How we can use light to see deep inside our bodies and brains | Mary Lou Jepsen: https://youtu.be/awADEuv5vWY
- US-B1-009730649, “OPTICAL IMAGING OF DIFFUSE MEDIUM”, Aug. 15, 2017
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