長寿研究を取り上げた書籍 Lifespan では鳥肌が立つ程度の寒さが寿命を延ばすにはよいと書かれています。今回紹介する論文でも寒さが寿命を延ばすという点では同じ主張なのですが、よく読むと、実は睡眠中の体温がピンポイントで一番よいことが分かります。
低温で長生きでき、脳神経疾患にもよい
長寿研究を取り上げた David A. Sinclair 氏の書籍 Lifespan では、鳥肌が立つ程度の寒さが寿命を延ばすにはよいそうです。寒さが長寿遺伝子のサーチュイン遺伝子のスイッチをオンにし、褐色脂肪細胞を増やし、褐色脂肪細胞の中のミトコンドリアが活性化して、その結果、燃費がよく体温維持するように体が機能するようになるからです(参考文献1)。
生き物には、上記の仕組み以外にも、低温の方が長生きになる仕組みが備わっています。それが今回紹介するケルン大学の論文で明らかになりました。変温動物や恒温動物の違いに関係ない仕組みで、低温になると、PA28γ/PSME3 と呼ばれる酵素が活発になって、変性したタンパク質を分解するのだそうです(参考文献2)。
論文の中では、線虫の一種である C. elegans とヒトの細胞を使って実験をしています。どちらの実験もほぼ似た結果を得ています。脳神経細胞、筋肉細胞、腸細胞などどの細胞でも結果は同じなのですが、変性したタンパク質を分解する酵素を作る遺伝子をノックアウトしたり、遺伝子から分解酵素自体のタンパク質の設計図を転写するところを妨害したりといろいろやって、因果関係を明らかにしています。
アルツハイマー型認知症の原因物質とされるアミロイドβが塊となって脳神経細胞を傷つけるのと同じように、ハンチントン病や筋萎縮性側索硬化症 (Amyotrophic Lateral Sclerosis / ALS) も変性したタンパク質がお互いに絡み合ってしまい塊になった結果、運動中枢の脳神経細胞を傷つけてしまい、体が思うように動かせなくなる病気です。
ヒトの場合、体内では通常 37℃ 程度の体温を恒常的に維持しているのですが、それを36℃に下げてやると、分解酵素が活性化されて、より多くの量の変性したタンパク質が分解されたのです。ハンチントン病やALSの発症を予防することになります。
睡眠中は36℃ぐらいで低温
ところで、ヒトが睡眠中は深部体温を37℃から36℃に下げています。実験では、36℃環境で分解酵素が活性化されて、ガラクタになった有害タンパク質を分解して無害化してくれるのでした。論文の中で示唆しつつも、明確に述べていないのですが、ということは、寝ている最中がまさにそういうお掃除をしているということです。
こうやって、ガラクタになって、吹き溜まると有害になるタンパク質をせっせと分解して、「ボケる前の転ばぬ先の杖になる豆知識」の回で触れたように、生物は眠っている最中に脳髄液を循環させて洗い流すということをやって脳の健康を維持しているのです。
ということは、どれだけしっかり十分な時間安眠できるかが、認知症を含む脳神経疾患やひいては長生きにとって如何に重要なのかが分かります。
寒い地方は長生きか?
寒さが長生きにとってよいということならば、寒い地方の方が長生きなのかというと、そうでもありません。日本を始め、中緯度の国々は皮肉にも寒さに対する備えが万全ではないので、寒波があると、死亡率が上がる傾向があります。低緯度の国々はそもそも寒くならないので大丈夫で、高緯度の国々はセントラルヒーティングなどにより寒さに対する備えができているので、寒さに強いのです(参考文献3)。
すなわち、寒さが長生きにはよいといっても、その他の様々な健康リスクを考えると、程度が過ぎるのはやはりよろしくないということが分かります。
免疫を活性化するには体温は高い方がよい
免疫を活性化するには体温は高い方がよいです。風邪を引いたら、熱が出ますが、あれは体の自己免疫系を活性化させるためにわざと体温を上げているのです。免疫細胞は温度が高い方が活性化し、病原菌やウイルスの方は熱に弱いので、勝ちやすい場に変えようとするわけです。最近では、解熱剤をあまり使わない方がよいと言われるのもそのためです。
随分前になりますが、書籍『体温を上げると健康になる』を自分の親に送って、風邪を引いて熱が出ても、そのままにしておく方がよいのだということを教えてあげました。この本は体温を上げることのメリットを書いているものです(参考文献4)。フレイルやサルコペニアなどにならないようにするには、しっかり運動してタンパク質を摂ることで筋肉をつけなければなりません。筋肉をつければ、基礎代謝があがりますし、自然と体温も上がるのでよいでしょう。
結局、体温は高い方がよいのか低い方がよいのか
ですので、起きている時間帯はショウガなどを食べて体温を高めにする方がよいのだろうと思います。その代わり、寝ている間に深部体温を下げて、ガラクタタンパク質の分解酵素を思い存分働かせるのがよいのではないかと思います。
早い話が、時間帯を分けて、身辺にリスクが高い日中は免疫を効かせて、リスクが低い就寝時は体の修復に文字通り心血を注ぐわけです:
- 起床したら、朝散歩で短時間日光浴で体温を上げる
- 日中の活動時間帯は、食事の際にショウガやシナモンなど体を温める食べ物を摂って体温を高めに維持する
- 日が沈み気温が下がってきたら、寝る1〜2時間前にお風呂に入って体温を上げる
- 体がゆっくり冷めたところで床に就いて熟睡する
- 7時間ぐらいの睡眠中にしっかり深部体温を下げて、体のメンテナンス機構をフル稼働させる
[参考文献]
- David A. Sinclair, Lifespan (Simon & Schuster, Inc., 2019)
- Hyun Ju Lee, Hafiza Alirzayeva, Seda Koyuncu, Amirabbas Rueber, Alireza Noormohammadi, David Vilchez. Cold temperature extends longevity and prevents disease-related protein aggregation through PA28γ-induced proteasomes. Nature Aging, 2023; DOI: 10.1038/s43587-023-00383-4
- Antonio Gasparrini, Yuming Guo, Masahiro Hashizume, Eric Lavigne, Antonella Zanobetti, Joel Schwartz, Aurelio Tobias, Shilu Tong, Joacim Rocklöv, Bertil Forsberg, Michela Leone , Manuela De Sario, Michelle L Bell, Yue-Liang Leon Guo, Chang-fu Wu, Haidong Kan, Seung-Muk Yi, Micheline de Sousa Zanotti Stagliorio Coelho, Paulo Hilario Nascimento Saldiva, Yasushi Honda, Ho Kim, Ben Armstrong. Mortality risk attributable to high and low ambient temperature: a multicountry observational study. Lancet, 2015 Jul 25;386(9991):369-75; DOI: 10.1016/S0140-6736(14)62114-0
- 齋藤 真嗣『体温を上げると健康になる』サンマーク出版, 2009年
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