院卒教師が多い高校卒ほどボケにくい

The Nurture Assumption 科学技術

米国の研究ですが、高校に在籍する修士以上の学位を持つ先生の数と老齢に達した卒業生の認知能力に正の相関があることが分かりました。因果関係はまだ不明ですが、親自身は既に手遅れとして、子どもの高校進学を考える時に頭の隅に置いてもよいでしょう。

高校卒業から58年後、我師の恩を身に沁みることに

Alzheimer’s & Dementia にオンライン掲載されたコロンビア大学の追跡研究によると、唱歌『仰げば尊し』に歌われる「我師の恩」は、人生の黄昏時に及んでも関係があるようです。

米国で行われている “Project Talent” と呼ばれるコホート研究の成果の1つです。1960年から始まって、これまでに40万人の高校卒業生を追跡調査してきたというのですから、大掛かりな研究プロジェクトです。今回紹介する論文は、そのうちの 2,289 人を対象に、 58 年後に認知能力がどのような状態かを調査したものです。

結論を先に述べると、高校に在籍する修士以上の学位を持つ先生の数と老齢に達した卒業生の認知能力に正の相関があることが分かりました。計算能力との相関はありませんでしたが、言語運用能力に関して特異的に相関がありました(参考文献1)。

まだそのような相関があるのかについて仮説の域を出ません。例えば、高学歴の先生が高い教養を授業などで示して、それに生徒が感化されるからだとか、生徒が自分も大学院を目指せば、先生のようになれると思って頑張るので、結果的に社会的地位や経済的な恩恵を得られることで健康を気遣うだけの余裕が出てくるから、など様々です。

米国では学歴差が年収差になる

確かに、同じコロンビア大学の別の研究グループの研究で、高学歴ほど老齢期でも認知能力の低下度合が低いという相関関係が分かっています。この論文では「Cognitive reserve hypothesis; 認知予備力仮説」を仮説として支持しています(参考文献2)。

この研究では、高学歴の他にも運動習慣と高収入が老齢期の認知能力と正の相関があることも示されています。別の記事で解説しました。

米国の政府機関 National Center for Education Statistics が 商務省の統計データから学歴別の年収中央値がこの 10 年間でどのように推移したかをグラフにしています。修士号以上の学位では60,000 から 70,000 ドルのレンジで緩やかに右肩上がりです。学卒では 50,000 から 60,000 ドル辺りで緩やかに右肩上がりです。一方、短卒や高卒では 40,000 から 50,000 ドル辺り横ばいです(参考文献3)。

仮に、勉学に勤しみ修士号以上を得て高学歴を実現し、高い収入を得ることになれば、俗に「意識が高い人」の部類に入り、運動習慣を持つようになることが考えられます。あるいは、運動習慣を持つ人は、やり抜く力、いわゆるグリッド (grit) を持っており、勉学に勤しみ修士号以上を得て高学歴を実現し、高い収入を得るのかもしれません。

何れにしても、認知能力維持に相関があるとされる高学歴、運動習慣、高収入の3つは、3つの無相関な事象ではなく、お互いに因果関係がありそうです。

学校そのものより、先生との相関が強い

もう一つ興味深いところは、老齢期に達した卒業生の認知能力は、卒業した高校の規模や先生の年収にも相関があるのですが、修士以上の学位を持つ先生の数との相関の方がより強いのです。生徒数が多く、高校の規模が大きければ、それだけ効率的に運営できて、先生の年収も高く設定できる可能性があります。企業でも中小企業よりも大企業の方が年収が高い傾向があるのと似た事情です。

そうすれば、当然、修士以上の学位を持つ先生を集めやすいと考えられます。したがって、認知能力を維持できるかについても、大規模な名門校を卒業した生徒の方が、有利であると直感的には思います。

しかし、注目すべきなのは、修士以上の学位を持つ先生の「数」と相関があるのです。その学校の先生全体の中で占める学位保有教師率ではないのです。その数が 24 人以上で最も相関が強くなるのです。また、言語運用能力に関して特異的に相関があるのでした。

ですので、私はこう考えました。数は少なくても一人か二人でよいので、『コルチャック先生』のような、本当に「仰げば尊し」と思える先生に声をかけてもらった言葉を胸に刻んで卒業することが大切なのではないかと。ヤヌシュ・コルチャック (Janusz Korczak) はワルシャワ大学医学部で学位を取得しています。そして、そのような名物教師が一人でも出現するには、24人以上の学位保有教師が必要なのでしょう。

子どもは親から影響を受けにくいが、先生からは受ける

語学については、親の背中を見て子どもは育つ」の回で紹介した Judith Rich Harris の著作では、子どもは親から社会生活面での影響を受けることは少なく、専ら家庭内の閉じた環境に関することだけ影響を受けるとしています。一方、学校の先生に関して、こう書いています。

Teachers have power bility because they are in control of an entire group of children. They can influence the attitudes and behaviors of the entire group. And they exert this influence where it is likely to have long-term effects: in the world outside the home, the world where children will spend their adult lives..

Harris, J. R. 2009. The Nurture Assumption – Why Children Turn Out the Way They Do. New York, FREE PRESS.

教師はリーダーとして、生徒たちの社会生活を営む力を育む上で3つの影響力を持っているとします:

  1. クラスに行動規範を与える
  2. 「私たち」というクラスの境界を定義する
  3. 「私たち」としてのクラス・イメージを形作る

どれも非常に大切なものです。例として、Miss A という教師の例を挙げています。彼女はクラスに「私たちは特別」というイメージ作りをするのが上手だったそうです。その結果、彼女の生徒たちは在学中だけでなく、卒業した後も他のクラスの卒業生に比べて秀でた学業成績を修めたとのことです。

必ずしも学位が必要というわけでもないでしょうが、教育学の高度な理論を学ぶだけでなく、現場の学校でも巧みに実践できる先生の存在が卒業生の老齢期にまで影響を及ぼすことは十分に考えられます。

[参考文献]

  1. Dominika Seblova, Chloe Eng, Justina F. Avila‐Rieger, Jordan D. Dworkin, Kelly Peters, Susan Lapham, Laura B. Zahodne, Benjamin Chapman, Carol A. Prescott, Tara L. Gruenewald, Thalida Em. Arpawong, Margaret Gatz, Rich J. Jones, Maria M. Glymour, Jennifer J. Manly. High school quality is associated with cognition 58 years later. Alzheimer’s & Dementia: Diagnosis, Assessment & Disease Monitoring, 2023; 15 (2) DOI: 10.1002/dad2.12424
  2. Milou J. Angevaare, Jet M.J. Vonk, Laiss Bertola, Laura Zahodne, Caitlin Wei-Ming Watson, Amelia Boehme, Nicole Schupf, Richard Mayeux, Mirjam I. Geerlings, Jennifer J. Manly. Predictors of Incident Mild Cognitive Impairment and Its Course in a Diverse Community-Based Population. Neurology. Jan 2022, 98 (1) e15-e26; DOI: 10.1212/WNL.0000000000013017
  3. http://nces.ed.gov/programs/coe/indicator/cba/annual-earnings#3
  4. Harris, J. R. 2009. The Nurture Assumption – Why Children Turn Out the Way They Do. New York, FREE PRESS.

コメント

タイトルとURLをコピーしました