教育を受けた期間が長い高学歴な人ほど「認知予備力」が高いという学説があります。具体的に一番寄与している能力は、実は、作文力です。そして、今回紹介する論文によると、たとえ一時的に認知機能が衰えても、作文力がある人は正常に戻って来やすいことが分かりました。
修道女研究が明かす作文の力
「ここ最近の認知症の未来予測とボケ防止あれこれ(その2)」の回で、教育受けた期間が長いほど認知症リスクを下げられることを示す論文を紹介しました。そして「Cognitive reserve hypothesis; 認知予備力仮説」というものがあり、若い時に脳内の配線を多くしておけば多くしておくほど、老化の影響を受けても、残っている配線でうまく迂回経路を作れるのではないかという話をしました。
しかし、高学歴とひと口に言っても、具体的にどのような能力が認知機能と関係するのかというところがやはり気になります。「4つ以上の言語を話す修道女の6%しか認知症を発症しなかった」の回で紹介した修道女研究の1つが、それは作文力だ、ということを示しています。
作文力は2つの指標からできています:
- 1つの文に詰め込んでいる情報の多さ(idea density)
- 構文の複雑さ(grammatical complexity)
まさに、新聞のコラムニストが必要とする技術ですね。
それだけでない作文力ー認知機能回復力
一度認知機能が衰えてくると、もう元には戻れないものかと思いきや、実は、また元通りの正常な状態に戻ってくる人も多いのです。カムバックできるのも作文力を持つ人に多いのです。やはり同じく修道女研究の一環の研究が示しています。
この研究論文の著者たちが619人の修道女を10年近く追跡調査した結果、科目により違いはそれほどありませんでした。英語、ラテン語、代数、幾何の4つの科目について成績の良いグループと悪いグループの2つに分けて、認知機能が衰えた後また正常に戻った人とそのまま認知症に進行した人との比を比較しました。英語とラテン語では、認知機能が衰えた後また正常に戻った人の方が2倍弱多い結果でしたが、劇的な差ではありませんでした。
一方、作文力になると、話が違ってきます。1つの文に詰め込んでいる情報の多さ(idea density)が多いグループは少ないグループに比べて、 3.93 倍も回復した人の方が多い結果でした。さらに、構文の複雑さ(grammatical complexity)が高いグループは少ないグループに比べて、なんと 5.78 倍も回復した人が多かったのです。作文力の認知機能回復力たるやものすごいですね。
大学の卒論や大学院の修士論文、博士論文と作文力が鍛えられていく結果として、高学歴ほど「認知予備力」が高くなる要因なのではないでしょうか。
脳の中で異変が生じて一時的に情報の通行止めが発生しても、すぐに迂回経路を用意できるからなのではないかと思います。これほどまでにアウトプット能力の鍛え方で、認知機能の衰え方が変わってくるということは驚きです。
数学の成績は認知機能の維持と関係なし
一方、数学は2教科とも成績の良し悪しが認知機能低下からの回復と進行のどちらにも寄与しないことが分かりました。代数と幾何どちらも認知機能低下からの回復と進行との比はほぼ1で引き分けです。
STEM 教育などと言って、理系教育に力を入れ出しましたし、数学ができる人ほど賢いと見られるような風潮があります。しかし、この研究結果を見る限りでは、たとえ数学ができても、年を取ってからの認知機能の衰えを防げるかというと、そんなことはないようです。
人類の歴史に比べると、数学が誕生してこの方の歴史はほんの一瞬の出来事なので、脳がついていっていないのでしょうか。その点、言葉は古代の狩猟採取生活でも欠かせないものだったと思いますので、相当長い歴史があるはずです。脳にとっての言葉との関係は、新参者の数学とのそれとはわけが違うのでしょう
老いに備えてやるべきは、やはり語学
ということで、今回の結論も水戸黄門の印籠ではないですが、老いに備えてやるべきは、やはり語学ということで落ちがつきました。HSK受験対策も兼ねて中国語で毎日3行日記つけ始めました。とは言え、この手の論文を読みこなすには、語学だけでなく統計学も分かっていないと理解できないので、数学も大事です。
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