中国語で “滴水之恩” という成語があります。日本語でいうと「鶴の恩返し」がしっくり来る表現です。『影響力の武器』で有名なように、「返報性 / reciprocity」は古今東西問わず万国共通のようです。東に行くほど返報率が上がるというのが私の仮説です。
“滴水之恩” とは
“滴水之恩” と約めて言いますが、約めないと、”受人滴水之恩,当似涌泉相报” または “滴水之恩,当涌泉相报” となります。「一滴の水をもらったら、泉を探り当てて恩返ししましょう」というわけです。有名な『影響力の武器』の七つ道具の1つ「返報性 / reciprocity」はヒトの遺伝子レベルで刻まれたものなのでしょう。
恩に報いることができる人が称賛され、それだけ人望を集められるので、大きな組織を作りやすく、恩に報いない人にとっては生きにくくなる方が社会にとっては都合がよいということでしょう。ですので、恩返し名人の遺伝子が適者生存で生き残り、現代社会を築いたとしても不思議ではないでしょう。
日本でもそうだったのだろうということが窺がえます。昔話の『鶴の恩返し』はちょっと切ない結末ですが、『わらしべ長者』の話などは典型的です。物々交換するのに、付加価値がついたモノを交換していくことでよりよいモノやサービスをお互いに手に入れることが、後の通貨の誕生と相まって経済活動を回し始めたのです。まさに恩返しこそがヒトを繫栄へと導いたのでしょう。
アメリカ大陸先住民にもポトラッチとして継承されたのかも
大昔に文化人類学の本を読んだ時に「ポトラッチ / potlatch」という言葉に出くわしたことがありました。北米の先住民が行っていた儀式です。彼らにとって所有は豊かさを意味しなく、どれだけ高額の贈り物を相手に送ったかがその人の豊かさの証となるのです。ドンドン贈答品の金額がエスカレートするので、たまったものではありません。
大航海時代以降にヨーロッパからやってきた白人たちが築いた政府に「ちょっとやりすぎでしょうが」と止められても、贈り物インフレーションは止まらなかったそうです。
イースター島の巨大なモアイは未だに謎に包まれていますが、モアイは時代を下るにしたがって巨大化していったことが分かっています。もしかしたら、部族間の贈り物だったのかもしれません。どれだけ大きな像を相手に贈るかという「恩返し」がエスカレートしていったのだとしたらどうでしょう。森を伐採して環境破壊が極まり、自分たちの生活が脅かされるところまでいってしまい衰退したのかもしれません。
これらアメリカ大陸の先住民たちやイースター島の祖先は、ユーラシア大陸からアメリカ大陸やさらにイースター島に渡っていたとされているので、もしかしたら、”滴水之恩” を遺伝子に刻んだ者たちの末裔なのかもしれません。
西洋文化はというと…
『影響力の武器』(原著 “Influence: The Psychology of Persuasion“, Robert B. Cialdini)は当然のことながら、イタリア系アメリカ人の社会心理学者が書いた著作なので、西洋文化にもしっかり「返報性 / reciprocity」の原則が根付いています。
とは言え、中国の “滴水之恩” やアメリカ大陸先住民のポトラッチに比べれば、おとなしい方です。Chat GPTに訊いてみました:
Q: Can you tell me what proverb in English suits the translation for the Chinese proverb “滴水之恩,当涌泉相报” best?
A: The English proverb that best captures the meaning of “滴水之恩,当涌泉相报” is “A good turn deseves another.” …<以下省略>
Chat GPT
“A good turn deseves another.” との回答です。字面通り受け取ると、返報率は 100% です。つまり等価交換です。実際には、頂き物に対して統計的にはブラス数割程度余計にお返しする文化のようです。
おそらく西から東にしたがい返報率が上昇
こうやって見てくると、ある仮説が頭に浮かびます:
「出アフリカ後、ヒトが西から東に移動していくにしたがって、贈り物に対する返報率が上昇していった」
人類の悠久の歴史を俯瞰すると、中国とインドが世界の GDP のシェア1位と2位を長く分け合っていました。今世紀中にその基調に戻るという推計がされています。そのことを念頭に世界地図を眺めてみてください。
インドから中国までの経度 70°から120°辺り、身びいきに「おもてなしの国」日本も含めて考えるとすると、140°辺りまで。この地域の文化がもつ返報率がヒト社会の経済活動にとって最適で、それ以東では、かつての先住民の時代には返報率が高すぎて、却って経済活動の足を引っ張ったのかもしれません。
アフターコロナに円安も手伝って、日本にインバウンド観光需要が戻ってきました。海外からいらっしゃた皆様に先ず “Omotenashi” ということに心掛けましょう。
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