不特定多数対象の “Beautiful People” は毒少なめ

Minimalist 習慣

Ed Sheeran の “Beautiful People” は不特定多数のセレブの華やかな生活を風刺した曲です。特定の人物を対象にしていないので、当たり障りがないとは言えますが、彼ほどにもなると、風刺を歌って逆襲されても、びくともしないのかも知れません。

みんな知っている Ed Sheeran

Ed Sheeran は洋楽好きなら知らない人はいないかと思います。少なくとも、”Shape of you” を聞いたことがない人はほぼ皆無なのではないでしょうか。その他 “Thinking Out Loud” と “Perfect” も合わせて 3曲 も YouTube 動画再生ランキング Top 30 に送り込んでいるのは彼しかいません。デビューしてこの方、記録ずくめのキャリアを歩んできた当代一のアーティストといっても過言ではないでしょう。

音楽家ではありませんが、芸術家夫妻の下で生まれて、まさにアートの申し子です。父方がアイルランド人の家系のため、アイルランド文化の影響も受けています。代表作の1つ “Galway Girl” はアイリッシュ・フォークバンドの Beoga とコラボした作品です。

幼い頃、教会の合唱団で歌っていたそうです。これが音楽活動の始まりです。フォークソングの影響を強く受けていて、郷愁を誘う曲風の作品が多いです。”Photograph” の MV は、彼が誕生してからこの曲をリリースした当時までの人生を振り返るアルバム仕立てになっていて興味深いです。お兄さんがいて、弱視だったために、小さな頃から度のきつい大きな眼鏡をかけていたことが分かります。辻立ちして歌っていた頃もあります。

明け透けで、気さくな性格であることがよく分かります。それもあってか、”Bad habits” が UK Offical Chart 1位に登り詰めた当時、 Scott Mill が MC を務めていた BBC Radio 1 の “The Official Chart on Radio 1 with Scott Mill” という番組にカウントダウンの最初から出演していました。通常「大スター」になると、そこまで番組に貢献することはなく、せいぜい「あなたが1位です」と紹介されて初めて登場というのが普通です。歌う時と違って、ちょっと野太い声で話すのが印象的です。最初、誰だか分かりませんでした。

そんな彼なので、気が狂ったように放蕩三昧を繰り返すようなショービジネス界に嫌気が差したのか、2019 年にリリースした自身4枚目のアルバム No.6 Collaborations Project のシングル3枚目として、今回紹介する “Beautiful People” を上市しました。

不特定多数をターゲットにしたこともあり、波風立たず

“Beautiful People” は不特定多数のセレブが繰り広げる華やかな生活を風刺した曲です。特定の人物を対象にしていないので、「これどういうこと?私に対する当てつけ?」などと思われて、反撃されることもなく、当たり障りがなかったと言えます。

きらびやかなセレブたちにお灸を据える目的というよりも、どちらかというと、その頃学生時代の同級生と結婚したので、独りだった今まで同様に、これからも自分たちは堅実な家庭を築いていきます、という所信表明に近い曲なのだろうと思います。

米国の億万長者、 Warren Buffett を彷彿とさせます。億万長者なのに、それほど大きくもない普通の家に住み、普通の車を自分で運転し、着るジャケットが擦り切れていても気にも留めない人だそうです。”Sage of Omaha / オマハの賢人” と呼ばれるのもうなずけます。

もっとも、Ed Sheeran ほどの大物にもなると、風刺を歌っても、びくともしないのかも知れません。

ミュージック・ビデオでは2人の世界

“Beautiful People” の曲調は非常にポップです。セレブ向けの味付けです。

ミュージック・ビデオでは、ごく普通の身なりの夫婦が(おそらくカリフォルニア州の)地方都市の空港でチェックインの順番待ちをしていることから始まります。彼らが何者なのかについて触れられていません。しかし、おそらく Ed Sheeran 夫妻を模しているものと思います。

そうしたところ、空港職員が「VIPにこんなことをさせてはいけない」という心配りからか、夫妻を待ち行列から連れ出して、そんな手続きの煩わしさを省くショートカット=白いリムジンに誘導します。隣の車線の後ろからランボルギーニとハマーが彼らが乗るリムジンを追い越していきます。ここで以下の一節が被ります:”Sundown and they all come out Lamboghinis and their rented Hummers”。

セレブが大はしゃぎしているプールサイドに場面は変わります。そして、海辺にピクニックに来たかのように談笑し合う夫婦。どう考えても周囲から浮いています:”We don’t fit in well ‘cause we are just ourselves”。まさに我が道を行くという感じです。

救命浮き輪を膨らませて、コカ・コーラのペットボトルの栓をひねったところで、ここへ来るまでの道中で揺られたのでしょう、中身が噴き出してきます。ここで次の歌詞が被ります:”This is only my fear, that we become beautiful people”。だったら、こんな場違いな場所に余暇を楽しみに来なければよかったのですが…。しかし、その心配はなさそうです。数日、いや数週間いたところで、変わらないでしょう。江戸っ子になるにも三代かかるのです。クルーザーで海に繰り出しても、日光浴するだけです。慣れないためか船酔いします。

場面は変わって、ファッションショーです。キャットウォークの最前列で居眠りをする夫とその傍らで興味なく退屈そうにモデルを見上げる妻。さらにその横に、この楽曲でコラボした Khalid と Ed Sheeran 本人が観客として出演しています。Khalid はスマホ片手にモデルを目で追っていますが、Ed Sheeran の方は直立不動で目線だけがモデルを追っています。Ed Sheeran 自身は主人公の夫婦ほどには仙人になり切れていないことを自省しているのかも知れません。修行がまだ足りないなら、除夜の鐘を突いて 108個の煩悩をふるい落とすために、年末是非日本に来てもらいたいものです。

“Champane and rolled-up notes” が飛び交う中、夫妻はクロスワード・パズルに勤しみます。まだまだ周囲が騒がしい中、早寝(早起き)の習慣を崩しません:”Let’s leave the party. That’s not who we are”。

帰りはなぜかプライベートジェットです。スナック菓子の小袋が出てきます。貧乏性の夫は辺りに注意しながら、小袋をそっとポケットにしまい込みます。何と慎ましいことでしょう。歌詞が被ります:”We are not beautiful”。”Beautiful People” かどうか以前に、どう考えても美しく見える行為ではありませんね。大丈夫です。一生、”Beautiful People” にはなれないこと請け合いです。

地元の空港に戻って来ました。用意された高級車には目もくれず、夫妻がターミナル送迎バスに乗り込むところで終わります。

目指すは準仙人

MVの夫婦ほどの仙人にはなれなくても、見習ってよいと思いました。あれが欲しい、これが欲しいと欲望を膨らませると、際限がありません。みんな持っているから、あるいはみんなが使っているからと単純な理由で不必要なことをしていませんかというのが、この MV のメッセージでしょう。

実はこの楽曲も「少々古いですが、”Chain to the Rhythm” は意味深」の回で紹介した、あのヒットメーカー、 Max Martin がプロデュースしています。 スウェーデン人の彼が Beautiful な人たちに物申したい気持ちも分かります。

『スウェーデン・パラドックスー高福祉、高競争力経済の真実』(湯本健治・佐藤吉宗 著)という書籍を読んだ後、実際に仕事の関係でスウェーデンに出張した時のことは忘れられません。本書の中で凍てつくスウェーデンの冬に、当たり前のように誰もいないセルフのガソリンスタンドで老若男女問わず誰しも給油するという話が書いてありました。実際、ダイヤモンド・ダストが舞う -20 ℃の極寒の地では、駐車場に止めていた車は1時間の間、外からヒーターでエンジンを暖めないとエンジンがかからないのです。ですので、誰もいないセルフのガソリンスタンドでエンジンを止めてガソリンを注ぎ入れるのにも、時間が気になって気が気でないことが分かります。

真冬のスウェーデンでは停車中もエンジンストップはあり得ない

スウェーデンの高福祉は、国民全体の絶え間ない努力の上に成り立っているのです。社会的使命を終えてしまった企業は倒産させ、ゾンビ企業を延命させることはありません。産業の新陳代謝を図らなければグローバル競争の中で生き残れないことをよく知っているからです。失業者が出ても厭わないのです。その代わり、誰しも失業保険で職業訓練大学に期限付きで通えます。「期限付き」というのがミソです。いつまでもダラダラとは許されないのです。

移民にも積極的です。Duolingo をやっていると、 Duo からスウェーデンでよく学習されている言語はスウェーデン語だと紹介するメッセージが流れる時があります。なぜならば、移民が多いからです。スウェーデンも先進国のご多分に漏れず、少子高齢化が進んでいます。そのため、どんなに高福祉を掲げていても、それ支えるための労働人口を増やす政策も同時に行わなければ、実が伴わなくなるのです。

こういう文化で生まれ育った Max Martin が L.A. のセレブの豪奢な生活ぶりに違和感を示して、この曲を Ed Sheeran と共に書いたとしても不思議ではないでしょう。

私も及ばずながら、プリミニマリストを自認して、「本当にこれは必要か」と考えて、要らないものを捨ててきました。石鹸…次は何を捨てるか考え中です。目指すは準仙人です。

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