バイリンガルに比べて3か国語以上が話せるマルチリンガルは、新しい言語を学ぶ時の脳の働きが違うようです。学習中に活性化する脳の範囲が広く、一度学ぶためにエンジンがかかったら、ずっとエンジンが回転し続けるといった内容です。また、マルチリンガルは脳の活動部位も違っていて、視覚脳も使って早く新しい言語を習得できます。
バイリンガルとマルチリンガルで学習脳は違う
最近、母国語のみ話せる高次脳機能障害の児童とバイリンガルの高次脳機能障害の児童とでは、バイリンガルの方が相手側に立ってものを考える能力が高いとする論文を見つけました。あくまで相関を見ているだけなので、母国語のみ話せる高次脳機能障害の児童が母国語とは別の言語を学ぶと、話し相手をより意識できるようになるとまでは言えないかもしれませんが、多言語話者になることのメリットを垣間見れる一例かと思います(1)。
時々見に行く ScienceDaily に外国語学習についての興味深い記事があったので紹介します。“Multilingual people have an advantage over those fluent in only two languages” というタイトルの記事で、一言でいうと、2か国語が話せるバイリンガルに比べて3か国語以上が話せるマルチリンガルは、新しい言語を音声として学ぶ時の脳の働きが違うとのことです。
学習中に活性化する脳の範囲が広く、一度学ぶためにエンジンがかかったら、ずっとエンジンが回転し続けるといった内容です。また面白いことに、マルチリンガルは脳の活動部位も違っていて、視覚脳も使って新しい言語を習得するようです。それらが関連しているのか、習得も早いそうです。
違いその1:活性化する脳の範囲が 違う
これは普通にありえそうに思えます。バイリンガルが2か国語なのに対して、マルチリンガルは3か国語以上と頭の中で関連付けるからだと想像できます。修道女研究に触れた回で持ち出した多角形のつながりの数(辺の数+対角線の数)が分かりやすい例になると思います。
下の絵を見てください。バイリンガルが新しい言語を学ぶ時は、2つ頂点を1本のつながりでつなげている状態から頂点が1つ増えて三角形になるので、辺が2本増えて新しいつながりの数としても2本増えます。一方、3か国語を話すマルチリンガルの場合は、頂点が1つ増えると、元々三角形だったのが四角形になるので、辺が2本増えるところまではバイリンガルと同じですが、それに加えて対角線が1本余分に増えますので、その分だけ脳の中の改修工事が広範囲になるのだと思います。
Tetsu Sunさんによる新しい言語違いその2: エンジンがかかったら、かかりっぱなし
記事に論文のリンクがあったので、覗いてみました。オープンアクセスなので、誰でも読めるようになっています(2)。
論文の実験では文法問題の小テストがいくつかのパートに分かれていて、順次こなしていく構成になっています。小テストの切り替わり目で、バイリンガルとマルチリンガルとで脳の活動具合が違います。車のエンジンにたとえると、バイリンガルの方は切り替わり目で信号待ちの時のようにエンジンが停止しています。片やマルチリンガルはずっとエンジンが暖機運転している状態になっています。
この違いが意味するところはよく分かりません。ですが、後で触れる習得スピードの差と関係しているのだと解釈すると、マルチリンガルの脳は信号待ちの状態でも学習し続けているのかもしれません。
違いその3: 脳の視覚に関わる部位も使う
マルチリンガルは脳の活動部位もバイリンガルとは違っていて、視覚脳も使って新しい言語を習得するそうです。論文の著者らはマルチリンガルの頭の中では文章をイメージしているのではないかと述べています。
実験で新しく学ぶ言語としてカザフ語を選んでいます。被験者が日本人なので、実験に参加した人の中でさすがに誰も既に学んでいることはないだろうということで選んでいます。カザフ語はヨーロッパ語と同じで、アルファベットを使い、主語の人称により動詞が語尾変化するところが、英語やその他のヨーロッパ語を学んだ被験者(特にスペイン語既修者が多い)にとってはイメージしやすかったのかもしれません。
第2外国語が中国語の被験者も含まれているので、そのグループだけ取り出すとどうなのか興味深いです。ちなみに、中国語は主語の人称による動詞の語尾変化は起こりません。
違いその4:習得が早い
「違いその3: 脳の視覚に関わる部位も使う」のためか、バイリンガルに対してマルチリンガルの方が、特に主節と従属節がある複文(英語で言うと、”I think that they do the best” や “If you help me, I help you” )に関する文法課題の習得が早いそうです。
別の記事で、文字を読むときには逆に聴覚脳が活性化するというものを読んだことがあります。視覚と聴覚は連携しているということなのでしょう。この連携が強い方が新しい言語の習得も早い気はします。
共感覚 (synesthesia) という現象があります。世の中には、言葉を聞いたり、読んだりすると、色が見える人が実際にいます。このような共感覚が生じやすいのは、視覚と聴覚に関連する脳の部位が実際に隣同士でクロストークが起きているようです。「やはり歩きスマホは止めときましょう」の回で紹介した “The Brain: The story of you” という本の中でも出てきます(3)。
修道女研究と同じく4か国語以上のマルチリンガルは違う
厳密にいうと、3か国語以上のマルチリンガルが4か国語以上を学んでいる最中にも、脳の活動が違うステージになるように思えてきました。これは今のところ言葉を使う頭の使い方だけの話なので、その他の脳機能、例えば計算能力がどうのということは全く分かりません。
しかし、ボケずに他人に迷惑をかけずに老いていくことを目標にしている分にはかなり希望が持てる話です。買い物に行って、お店の人と話す分にはまともなのに、勘定の段になると釣銭が間違っていても気がつかないなどということが起こるとしても…
[参考文献]
- Celia Romero, Zachary T. Goodman, Lauren Kupis, Bryce Dirks, Meaghan V. Parlade, Amy L. Beaumont, Sandra M. Cardona, Jason S. Nomi, Michael Alessandri, Lynn K. Perry, Lucina Q. Uddin. Multilingualism impacts children’s executive function and core autism symptoms. Autism Research, 2024; 17 (12): 2645 DOI: 10.1002/aur.3260
- Umejima, K., Flynn, S. & Sakai, K.L. Enhanced activations in syntax-related regions for multilinguals while acquiring a new language. Sci Rep 11, 7296 (2021). https://doi.org/10.1038/s41598-021-86710-4
- David Eagleman. The Brain: The story of you. Canongate. 2015
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