大抵のクラブが一流選手を選別するだけなのに対して、ビジャレアルは真逆の教育方針をとります。1部リーグで一時期活躍してもその後に身を持ちくずす選手を見てきたあるとき、一流選手を育てる前に自分の頭で考えられる人間を育てることに決めたそうです。
一流プレイヤーを育てる前に人間を育てる
今回は『教えないスキル』という本の書評です。スペインのフットボールクラブ、ビジャレアルでコーチとして活躍なさっている佐伯夕利子さんが、ご自分が学んだコーチしての体験を綴った本です。「教えないスキル」という題名と書き出しからして興味を持てたので、あっという間に読めました。
フットボール大国スペインの1部リーグで活躍できる選手は協会登録選手のうちわずか 0.038% という狭き門だそうです。よしんば1部リーグで活躍できたとしても、一線で末永く選手生活を続けていられるのはほんの一握りです。大抵のクラブが一流選手を選別するだけなのに対して、ビジャレアルは真逆の指導方針というか教育方針をとります。1部リーグで一時期活躍しても故障などで、選手生活を断念せざるを得ず、その後に身を持ちくずす選手をクラブが散々見てきました。そしてあるとき、一流選手を育てる前に人間を育てることに決めたそうです。環境が変わってもどうやれば変化に適応できるかを自分の頭で考えられるように。
指導しない、「コーチング」で気付かせる
その指導方針もユニークです。ああせいこうせいという体育会系熱血コーチはお断りで、個性を持った選手一人ひとりの人物をよく観察して、その選手に見合った問いかけるのです。日本の武道でいうところの「守破離」でいうと、いきなり「離」から始まる感じです。フォーメーションや何とかシステムというものをかなぐり捨てて、どうすればパスを円滑に回せて、相手のディフェンスをかいくぐることができるのか、選手それぞれが試合の中で失敗・成功体験を通じて、自省によって学び取ることを重視します。
例えば、年少児に対しては、ボールにみんなが集まっていると、ボールに触れる機会に恵まれないわけですが、「どうすれば、ボールがもらえると思う?」という問いかけをします。そして、相手チームの選手がいない別の場所にいたら、ボールを回してもらえるそうだなどということを選手自身に仮説を立てさせます。うまく行く行かないを自分自身で体験して学び取るようにし向けるのだそうです。
おかしな話ですが、スポーツ・コーチがビジネス研修によくある「コーチング」に徹するのです。ビジネス・スキルでいう「コーチング」は管理職が自分の専門分野とは違う業務に携わる部下に対して、「いつ」、「どこで」、「なぜ」、「何を」、「どうする」などという「はい/いいえ」だけでは答えられない問いかけを通じて気付きを与えるための方法です。管理職がノウハウがなく、直接指導できない場合に有効とされています。しかし、スポーツ・コーチは自分でも選手経験があり、自分なりのノウハウを持っているので、そのノウハウを伝授したいものだと思います。ですので、指導することを禁じ手にしてしまうと、コーチの方は相当フラストレーションがたまるだろうなと思います。
しかし「コーチング」に徹することは、確かに自分で考えて行動できる人間を育てるという目的に適っていると思います。今のような変化が激しい時代をどう生きていけばよいのか、計画を立ててもすぐに軌道修正を余儀なくされます。時々刻々と変わる形勢を五感でとらえて瞬時で判断して行動に移すという一連の型を習得するのに、フットボールという競技と「コーチング」との相性は実は抜群だと思います。
そして上下に誰もいなくなった…
選手とコーチの間の関係もユニークです。コーチからの上意下達がないし、コーチ個人からの「めっちゃええやん / ¡Es muy bien!(ほんのちょっとだけ勉強中のスペイン語使ってみました)」のような評価もNGです。それもあってか、選手とコーチとは名前で呼び合う仲です。試合後の反省会はみんなが丸テーブルを囲んで議論する場になるそうです。この時もコーチは個人の意見として勝因・敗因を押し付けることはせず、選手たちが自分で納得できる因果関係を見つけ出すのを見守るそうです。
仲間がいて、その中で自分の頭で考える訓練を習慣にしていると、上から下のラインではなく、新しい形のチームワーク、ネットワークを持つことになるので、プチっと1か所が切れても他がつながっているような具合になって、逆境に強い人間になるでしょうね。「マルチリンガルが新しい言語を学ぶ時、脳の視覚野も使う!?」の回で説明した多角形の対角線がドンドン増えていく感じです。
このように何から何までユニークな組織ですが、何となくこれからの時代にピッタリくる気がしてなりません。失敗を恐れて石橋を叩いて壊してばかりいると、「そして誰もいなくなった…」ということになりかねませんが、それよりは、ビジャレアルのように「そして上下に誰もいなくなった…」という組織の方が生き残る確率は高いのではないでしょうか。
ということで、この本を読んでスペイン語を勉強しようという意欲が爆上がりした今日この頃です。
コメント