やっぱり歩きスマホは危険ですね。今回はそんなことを思わせる論文を紹介します。
脳波と歩幅を測定
ロチェスター大学の研究チームが脳波計(EEG)と歩幅を測定する測定器を組み合わせて、次のような実験をしました(1)。
縞々模様の回転角を何種類か用意してどの角度かを当てる課題と縞々模様の目の細かさを何種類か用意して目の細かさを当てる課題の2種類を用意して、単純にそのどちらかの出題を繰り返す(単純出題)、回転角と模様の細かさを組み合わせて出題を繰り返す(組み合わせ出題)、2種類の課題をランダムに切り替えて出題を繰り返す(スイッチ出題)という方法で脳トレのようなことをします。
そして座って脳トレをやる場合と、歩きながら脳トレをやる場合の違いを見ました。これを組み合わせると、以下のパターンになります。
- 座って単純出題の脳トレをやる
- 座って組み合わせ出題の脳トレをやる
- 座ってスイッチ出題の脳トレをやる
- 歩きながら単純出題の脳トレをやる
- 歩きながら組み合わせ出題の脳トレをやる
- 歩きながらスイッチ出題の脳トレをやる
被験者は健常な若者 22 名です。
座っていても歩いていても成績は同じ
当然のように、単純出題より組み合わせ出題やスイッチ出題の方が正答率は悪いのですが、座って解答する場合と歩いて解答する場合とで正答率にも解答スピードにも差は見られませんでした。成績は同じだったのです。普通に考えると、「座っているよりも歩いている方が脳にとっても負荷が高くなっているだろうになぜだ?」となるわけです。
ちなみに、私は始め歩いている方が血が巡りがよくなって、むしろ正答率、解答スピードとも上がることを期待していました。こちらの予想も外れました。
では、歩きスマホしても問題ないのではないかと思うかもしれません。ここからがこの論文のおもしろいところになります。
歩くという行為はかなり自律的
歩きスマホ万歳かというとそうは問屋が卸しません。歩行という処理は脳にとってはかなり自律的な部類なので、何となく歩きスマホできてしまいます。ホームに転落する人もいますが…。
“The Brain — The story of you” という本があります。セサミストリートを制作しているアメリカ公共放送 PBS が昔放送していた脳科学の最新知見を紹介する科学ドキュメンタリーを本にしたものです。面白い内容がいろいろ書いてあります。この中で事故で自律的に歩行するための機能を失った人が、随意運動として歩く様子が書かれています。歩くということがどんなに複雑なことでそれを意識的に行おうとすると、一歩踏み出すにも恐ろしく長い時間がかかり、とんでもなく複雑なことであることが分かると思います。
その他にも「授業で使うといいかもー脈拍数の揺らぎで分かる傾聴の度合」で紹介した話で「意識は無意識がやった行動を追認しているだけか、最後の最後に無意識の行動を寸前で止めるだけの役割」という学説がある話を書きました。この本の中に紹介があります。脳に磁界を与えることで手足の運動神経を直接操作できる TMS (Transcranial Magnetic Stimulation) という器具があるのですが、それを使って被験者の腕を動かしたとします。しかし、多くの被験者は腕が「動いた」ことを自分の意志で「動かした」と思うそうです。このように、意識とは起きた事実は追認して、次の一手を考える未来シミュレータのようなもののようなのです。他にも面白内容が盛りだくさんなので、興味があれば是非読んでみてください。画像リンクをつけておきます。
しかし歩行最中に複雑なことをすると、頭の使い方が変わる
とは言え、全く自律的なのかということそうではないということが、この論文で分かりました。歩きながら組み合わせ出題やスイッチ出題に答えていると、自律的な運動を司る脳の部位の活動が下がり、意思決定を司る脳の部位の活動が高まることが測定されたのです。
論文の中では、脳のリソースは限られているので、あまり複雑なことをマルチタスクでやらせると、いろいろなリソースの貸し借りが起きるのではないかと仮説を立てています。やはりマルチタスクは脳にとって好ましくないのでしょう。最近マルチタスクは脳によくないという話が盛んにされるようになって、整理するための余裕を与えるために短時間の瞑想を取り入れる学校も増えています。
実験結果でもう一つおもしろいことが書いてありました。歩きながら組み合わせ出題やスイッチ出題に答えていると、歩幅や歩行ピッチのぶれが少なくなるのだそうです。それから前もって行動する脳の使い方よりもその場で反応して即応する脳の使い方になるそうです。自律的な運動を司る脳=前もって行動する脳、意思決定を司る脳=その場で反応して即応する脳と考えれば合点がいくでしょう。
紹介した実験を使えば、認知症の前触れをチェックできると著者は述べています。今回の実験被験者は健常な若者でした。健常な人が歩きスマホをやると、「前もって行動する」脳ではなく、その場で「とっさに反応する」脳を使うようになるので、歩行のリズムが却って一定になるのでした。しかし、年を重ねるにつれて、この脳の中で助け合う仕組みが衰えてくるそうです。
そうなると、認知症の気が出てきた人が歩きスマホを行うとどうなるでしょう。お分かりですよね。そうです、「前もって行動する」脳がダメになってきているのが認知症です。ですので、歩きスマホすると、老化のために「その場でとっさに反応する」脳を使わず、ますますダメになってきている「前もって行動する」脳に頼って、さらに歩行が不安定になる可能性があります。
歩く足が着地する時、視覚は鈍くなる
もう1つおもしろい実験結果があります。ヒトの視覚は連続した動画を見ているわけではなく、8 Hz 程度でサンプリングして、サンプルした画像を繋ぎ合わせて動画として見ているということが分かってきています(2)。
そして、歩いている時は歩調に合わせて、何と足が地面に着く瞬間はモノを見ていないようなのです。ヒトの歩調は大体毎秒2歩辺り(2 Hz)なので、視覚はこの時を避けて 8Hz のサンプリングを行っているということになります。
おそらく、脳の中で歩くための脳波と見るための脳波があって、歩き始めると同期するのでしょう。そして、マルチタスクして脳がキャパオバーにならないように、仕事を時系列に分割して平準化しているのだと考えると納得できます。
このことから、歩きスマホをして、前を見たり、画面を見たりすると、いかに危険かが分かります。8 Hz のサンプリングをして周囲を見る中で、全く関係がないスマホの画面が間に挟まってくるわけですから、連続動画にならず、スマホの画面で不連続になってしまうわけです。
最近、認知症予防のために、目を閉じて片足立ちを何秒続けられるかという練習を毎日やっています。30秒以上片足で立っていられるとまずまずです。目を開けていると何でもない片足立ちが、目を閉じた瞬間どんなに難しいことなのか気づくはずです。ヒトがいかに視覚に頼って生活をしているかがよく分かる事例です。それと同時に、頭の中で一貫性がある動画が出来上がるからと言って、ずっとスマホの画面を凝視するのも危険なことが分かります。
歩きスマホは止めときましょう。
[参考文献]
- David P. Richardson, John J. Foxe, Kevin A. Mazurek, Nicholas Abraham, Edward G. Freedman. Neural markers of proactive and reactive cognitive control are altered during walking: A Mobile Brain-Body Imaging (MoBI) study. NeuroImage. Volume 247 (2022). 118853, ISSN 1053-8119. https://doi.org/10.1016/j.neuroimage.2021.118853.
- Matthew J Davidson, David Alais, Jeroen JA van Boxtel, Naotsugu Tsuchiya. Attention periodically samples competing stimuli during binocular rivalry. eLife 7:e40868 (2018). https://doi.org/10.7554/eLife.40868.
- Davidson, M.J., Verstraten, F.A.J. & Alais, D. Walking modulates visual detection performance according to stride cycle phase. Nat Commun 15, 2027 (2024). https://doi.org/10.1038/s41467-024-45780-4.
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