スペイン語の “ll” ですが、時代を下るとともに「リャ行」→「ヤ行」→「ジャ行」と変化してきています。これを”Yeísmo”と言います。日本語でも(関西弁)「そやない」→(標準語)「そうじゃない」と”Yeísmo”を起こしてきたのかもしれません。
スペイン語の”Yeísmo”
スペイン語の “ll” はIPA (International Phonetic Alphabet) の発音記号で表すと[ʎ]です。発音は「リャ行」の読みに近いものです。正確に言うと、ほぼ過去の遺物です。確かに、「スペイン語の勉強を習慣にしてくれるSpanishDict」の回で紹介したSpan¡shD!ctionary.comでは、ラテンアメリカの話者とスペインの話者がそれぞれ発音の仕方を動画で見せてくれるのですが、どちらも”paella(パエリア)”は「リャ」には聞こえず、「パエヤ」か「パエジャ」にしか聞こえません。時代を下るとともに「リャ行」→「ヤ行」→「ジャ行」と発音が変化してきているのです。
いつ頃から、どこを起点になど諸説あり、未だ定説はないようです。発音だけに録音手段がない時代まで遡ることができないので、有無を言わさぬような物的証拠がないわけで、今後もどこまで行っても仮説止まりになるのでしょう。
この”Yeísmo”、いろいろ研究されてきており、スペイン語圏において「リャ行」、「ヤ行」、「ジャ行」の発音がそれぞれ地域的にどのように分布しているか、また一個人でも「ヤ行」になったり、「ジャ行」なったりその時々でばらつくのはなぜかについて調査されてきました。
その調査結果は大まかには以下のようなものです(1):
- 地域的な分布
- スペイン:「リャ行」が結構残るが、南部アンダルシア地方は「ヤ行」もしくは「ジャ行」
- 中米:「ヤ行」が支配的だが、立て続けて発話する途中で”ll”が出てくると、発音せずに読み飛ばす傾向がある
- 南米:「ジャ行」が多い
- 個人の中でのばらつき
- “bellota(どんぐり)”のように語の途中はもちろん、立て続けて発話する途中で”ll”が出てくると「ヤ行」なるが、立て続けて発話する途中で”ll”が出てくる場合は発音せずに読み飛ばすことも多い
- 文頭や前にポーズが入った時、または”unos lugares lleno de …(…で満杯の場所)”のように子音の直後に”ll”が現れると、「ジャ行」になることが多い
“Él lleva la maleta(彼はスーツケースを運ぶ)”は読み飛ばすパターンで、”Lloverá mañana(明日は雨)”は「ジャ行」になるパターンでしょう。
聞き手本位で音は変わる
上記で紹介した論文の中では、例文を被験者に朗読してもらい、その録音を周波数解析しています。周波数ごとの成分の強弱なども細かく比較しても、実は「リャ行」と「ヤ行」が大差なく似たり寄ったりなのです。そして、「ヤ行」を語気を強めて発音しようとすると、舌に力が入って、思わず上あごにぶつかりませんか?この時、「ヤ行」の発音は「ジャ行」に聞こえます。
発音の変化、つまり音便と言ってもいいものが以下のように起こったというのです:
- 聞き手に「リャ行」と「ヤ行」の両音の違いが分からない
- そうであれば、話し手は労力最小限で話したい(「リャ行」→「ヤ行」化)
- とは言え、話出しや音に強弱を持たせたい時は、語気を強めて言いたい(「ヤ行」→「ジャ行」化)
- 語気を強めて「ジャ行」を発音する時、破裂音的な「ダ行」になる
確かに普遍性がありそうな理論です。
ということは、発音の記録がないわけですから、もしかしたら「リャ行」が初代ではなく、もっと別の発音が初代だったかもしれません。歴史ロマンです。
仮説:日本語における”Yeísmo”
そうやって考えると、もしかしたら、日本語においても”Yeísmo”が起きて来たのではないかとの大胆仮説が頭に浮かびました。
(関西弁)そやない→(標準口語)そうじゃない→(標準雅語)そうでない
という流れが考えられます。そして、”Yeísmo”において、少なくとも聞き手が聞いた時には「リャ行」と「ヤ行」に本質的な音の違いにほぼ気がつかないとすると、もしかしたら、関西弁の「や」の原型は「りゃ」だったということも考えられます。
(原型?)[そりゃない→](関西弁)そやない→(標準口語)そうじゃない→(標準雅語)そうでない
つまり、関西弁「や」の祖先は「りゃ」だったのではないかと。そして、現在もこの4つが残って共存している状況は”Yeísmo”と相似形です。
[参考文献]
- Rost Bagudanch, Assumpció. “Variation and phonological change: The case of yeísmo in Spanish” Folia Linguistica, vol. 51, no. 1, 2017, pp. 169-206. https://doi.org/10.1515/flin-2017-0005
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