経済的格差と不寛容の広がりが世界を揺るがしています。日本も安閑としていられません。今回紹介する論文は、不寛容が多数派を占めると、もう元の寛容な社会に戻れないことを示しています。日本では少子化も頭をもたげます。ふるさと納税ならぬ里親納税で両方対策してはどうでしょうか。
不寛容の転換点
今回紹介する論文で行った「進化論的ゲーム理論」に基づくシミュレーション結果によると、経済的格差が直接的に不寛容を助長し、その行き着く先は元には戻れない不寛容な社会だそうです。一度不寛容が多数派を占めると、井戸に落ち込んだように、不寛容な社会から這い出ることができなくなるそうです。怖いですね。
しかしだからといって、少数派の権利を直接保護する政策は、少なくとも経済的格差が維持されたままだと、意図したのとは逆の効果をもたらす可能性があるそうです。確かにパッと思いつくところでは、米国で採られている Afirmative action と呼ばれる少数派優遇政策です。これが今の米国の社会状況を生み出してしまった可能性は考えられます。
所得再分配政策は頑張らない人たちのただ乗りを助長するという見方もありますが、競争条件の有利不利の不公平を是正するものであれば、かなりの程度納得感を得られることも別の実験で示されているそうです。
報道によると、米国でも所得税の累進課税もあながち悪いことではないとして見直されてきてもいます。しかし、顔の見えない相手に自分が汗水垂らして稼いだお金が右から左に持っていかれるのでは、納得感が薄いのも事実です。
だからといって、寄付する個人と寄付を受け取る個人が見える形の直接再分配だと、意に反して経済的格差による不平等感だけでなく、社会が不寛容に傾くそうです。
本論文のシミュレーションで効果的だったのが第三者を介した間接的な再分配です。一見すると、所得税による所得再分配と同じです。しかしそれではコモンズの悲劇そのままです。「俺のものは俺のもの、みんなのものも俺のもの」でドラえもんのジャイアンそっくりのことをするのがヒトの本性です。
第三者を介した間接的な再分配には違いありませんが、寄付する個人と寄付を受け取る個人どちらにとっても利益・評判ともに高くなる再分配方法こそが、経済的格差是正と寛容さの回復に最も効果的だったのです(1)。
少子化対策に応用できないか
先進国共通の課題として少子化が深刻です。日本でも1億人を切ったら大変だ、何としても1億人のラインは維持しないと、という報道がなされています。
どの国でも教育費は今や家計負担の中で最大の頭痛の種になっているのです。教育費をどうするかは少子化対策で避けて通ることができない課題だと思います。
スウェーデンは基本的に保育園から大学(院)まで教育は無料です。それもあってか少子化の多少なりと歯止めがかかっていて、しかも比較的平等かつ寛容な社会を維持しています。
また、教育の効果は年齢が高くなるにしたがって逓減します。そして、小学校から大学まで年齢が高くなるにしたがって教育費は高額になっていきます。つまり、教育に関しては費用対効果が負の相関関係なのです。幼い時にこれ以上ないという教育を施すのが、社会全体として見ても最も効果的なのです。
以上の知見を使って、少子化・経済的格差・不寛容の三すくみ状態を打破することはできないものでしょうか?
ふるさと納税ならぬ、里親納税はどうか
寄付する個人と寄付を受け取る個人が見える形の直接再分配だと、意に反して経済的格差による不平等感だけでなく、社会が不寛容に傾くのでした。つまり、あしながおじさん方式だと不平等感を煽り、不寛容になるというシミュレーション結果です。実際、遺産の生前相続制度で教育資金の特例を作りましたが、廃止されることになりました。上手くいかなかったのでしょう。この例を見ると、本論文のシミュレーションの証左といえるのではないでしょうか。
少子化対策としてやるならば、もう少し工夫があってもいいでしょう。シミュレーションでは、寄付する個人と寄付を受け取る個人どちらにとっても利益・評判ともに高くなる再分配方法が、経済的格差是正と寛容さの回復に最も効果的でした。
ならばというので考えてみました。ふるさと納税の幼児教育資金版を作ってはどうでしょうか。幼児期だから培える積極性、コミュ力、忍耐力といった「非認知能力」こそ将来を左右することが示されています(2)。
各地方自治体に幼児教育熱心度の指標を設けて、その情熱に対して里親納税するという制度です。その結果、〇〇大会出場などの成果が出れば、貢献を表するために自治体広報紙に納税者名を掲載して、国は所得税控除率を上げるのです。そうすれば、納税者の評判と利益のどちらも上がることになります。
[参考文献]
- Luis A. Martinez-Vaquero. Inequality leads to the evolution of intolerance in reputation-based populations. Chaos: An Interdisciplinary Journal of Nonlinear Science, 2023; 33 (3): 033119 DOI: 10.1063/5.0135376
- 中室 牧子『「学力」の経済学』ディスカヴァー・トゥエンティワン, 2015年
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