なぜみんな追い込み馬が好きか

Peak-End rule 習慣

2022年の有馬記念は追い込み馬のイクイノックスが勝ちました。競馬がスポーツかどうか疑問ですが、ロマンを感じる人も多いと思います。逃げ馬、先行馬、差し馬、追い込み馬をどの順で検索しても、追い込み馬の話題が上位を占めます。なぜでしょう。

有馬記念とは

毎年、年の瀬の日曜日15時台に日本中央競馬会 JRA が開催する G1 レース(最も上のクラスの馬の競技)です。その年の最優秀馬を決めるグランプリです。賞金も最高水準です。

競走馬には脚質というものがあります。逃げ馬、先行馬、差し馬、追い込み馬という呼び方をします。最初から突っ走るのが逃げ馬で、その後で第2陣を形成するのが先行馬。馬群の中位から後ろに控えていて、第4コーナーあたりから前に進出してくるのが差し馬で、レース中最後方に控えていて、最後のストレッチで一気に馬群を抜き去る勝ち方をするのが追い込み馬です。

血統で決まってくる要素が大きく、〇〇産駒の××××というような呼び方をすることがよくあります。9着で惨敗したタイトルホルダーは典型的な逃げ馬です。タイトルホルダーの場合は、両親ともどちらかというと差し馬あるいは追い込み馬タイプなので、血統通りではありません。一方、今回優勝したイクイノックスは母系が追い込み馬の系統で、父系がサンデーサイレンスの系統でどちらとも言えないので、掛け合わせたところ追い込み馬になったなのだと思います。

近年の競馬馬はサンデーサイレンスの血統同士の争いが多く、有馬記念も自ずとそういう傾向があります。

競馬は2番人気の公営ギャンブル

競馬は日本でパチンコに次ぐ2番人気の公営ギャンブルです。JRA はG1レースを開催する府中、中山、阪神、京都の4つの競馬場の他に地方にもいくつも競馬場を持っており、場外馬券場も主要なターミナル駅付近に持っています。

競馬馬のトレーニングセンターを東西に1か所ずつ持っています。茨城の美浦と滋賀の栗東です。競走馬の生産地は JRA とは直接関係ありませんが、北海道の日高地方、特に新冠町に多く集中しています。それなりの土地が必要なのでしょう。

新冠町の競馬馬生産牧場

それだけの一大産業(?)なので、馬券(正式には「投票券」)収入もさることながら、競争馬の育成からレース運営や賞金などに費やす経費はそれなりです。例えば、JRA の例ですと、令和3年(2021年)の決算報告書(一般勘定)によれば、3 兆 1182 億円の投票券収入があります。他にも競馬場への入場券収入や育成馬の売却収入、競馬場を貸すことで施設貸付料を得ています。そして、最終的な収益は 4730 億円です。ここから、職員の給与等々の経費が支払われます。

馬券の還元率は7割台

馬券(投票券)の還元率はどの程度なのでしょうか。一番気になるところです。先ほどの決算報告書によれば、「投票券収入」は 3 兆 1182 億円です。一方、「払戻返還金および補填金」は 2 兆 3580 億円です。ということは、馬券の還元率は 75.6% です。宝くじの還元率が 5 割程度なので、断然競馬の方が還元率が高いと言えます。

競馬をふるさと納税と同じ寄付だと考えて、支払った税金の4分の3が返礼品として戻ってきたと考えれば、「楽しんだんやし、まぁええか」としてもよいですが、決して馬券購入費は税控除対象ではありませんので、微妙なところです。宝くじよりはまし、しかし寺銭をとられた結果、お金がお金として4分の3しか戻って来ないのです。冷徹に経済的合理性だけを考えれば、経済性が悪いのははっきりしています。

ピーク・エンドの法則

それでも、どうしてみなさん馬券を買ったり、競馬を観戦したりするのでしょうか。多分、ヒトは経済的合理性だけでは生きていけない生き物なのでしょう。

行動経済学を世に知らしめて、ノーベル経済学賞を受賞した Daniel Kahneman が『标准教程 HSK 5上』(北京语言大学出版社)の17課に登場します。中国語で “峰终定律 (Fēng zhōng dìnglǜ)” として紹介されるのがピーク・エンドの法則です。ヒトの記憶に都合よく情報圧縮がかかった結果、脳裏に刻み込まれるのは、“高峰” と “结尾” つまり盛り上がりのピークと締めのエンドなのだという法則 (“定律”)です。

そしてもっと言うと、エンドにピークを持っていくのが最も効果的に印象付けを行うことができるのです。これで最初の命題の結論がお分かりいただけたのではないでしょうか。

競馬にロマンを感じる人の脳裏に深く刻み込まれるのは、逃げ馬でもなければ、先行馬でもないのです。大抵は追い込み馬で、よくで差し馬なのです。だから、逃げ馬、先行馬、差し馬、追い込み馬をどの順で検索しても、追い込み馬の話題が上位を占めるのです。

射幸心を煽られて、あまりのめり込まないようにしましょう。若い頃、大井競馬場で開催する東京シティ競馬トゥインクルレースに行ったことがあります。当時は給料が現金で支給されることも稀ではない時代でした。その時、ある男性がその月の給料が入った茶封筒を封を開けようともせずに、そのまま馬券売り場の窓口で職員さんに手渡す光景を見かけたことがあります。連勝馬券を1点買いしたのです。

銀皿がお賽銭投げ入れの的(ペナン島にて)

最終レースでした。レースが終わり、その男性が買った馬券が外れたのが分かりました。その後に何が起きるのかあまり想像したくなかったので、その場をそそくさと立ち去りました。その後、私は競馬場に足を運ぶことも、競馬に賭けることも止めました。私のピーク・エンド体験です。

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