これこそが共同幻想の正体か

脳 科学技術
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哲学者が脳神経科学をやるようになったのですね。もはや人文科学と自然科学の垣根はないのでしょう。生後間もない赤ちゃんに自他の区別はありません。自我が芽生える仕組みはまだ分かっていませんが、成長につれて自我と共感力を持ち合わせたヒトに育ちます。これをAIモデルを使って示しました。

赤ちゃんはすごい

ヒトの赤ちゃんは、生後間もなくの頃には脳内の配線が最も少ないのですが、2~3歳の頃かけて一番脳内の配線が多くなり、その後経験を積むにしたがって、要らない配線を切っていき、特定のよく使う配線だけを残すことで何かが「できる」ようになるそうです。

最初は、手を動かすのに全身の筋肉を動かしてしまうのですが、練習するにつれて、足を動かす配線は不要…などと剪定していって、手だけを動かせるようになり、ハイハイし始めて、その後たっちをし、じきに話し出す、といった具合です(文献1)。

ちょうどこの幼児期の教育によって、勤勉さ、忍耐力や自己研鑽の習慣などの非認知能力を高めることこそが、高学歴、年収、健康などのその後の人生の成功に大きく影響することが知られています。James Joseph Heckman 氏の有名な「ペリー就学前プロジェクト / The Perry Preschool study」研究です(文献2)。幼児期に受けた介入教育の結果を 50 代になった被験者のその後を追ったものです。納得です。

赤ちゃんは自他の区別ができないのか

そんな赤ちゃんですが、まだ自他の区別ができず、自我が芽生えていません。自分が子育てをしてみた実感として、赤ちゃんは他の赤ちゃんが泣くと泣きますし、笑うと笑っています。同じ外からの刺激に対して、周りの同輩の動きに同調しているように見えます。

北海道大学の哲学者を含む研究グループが Nature に掲載した論文によると、現時点ではあくまで仮説ですが、赤ちゃんの意識自体が他者区別がつかない重ね合わせ状態にあるのだというです。

ミラーニューロンというものがあるということが定説になっています。このミラーニューロンは大人でもそばにいて相手の仕草や話を見聞きすると、お互いの脳で同じ部位が活性化されることが知られています。このミラーニューロンこそが誰彼となく同じ仕組みになっていて、「重ね合わせ」の状態を作り出しているというのです。

実験では、2つのAIモデルが視覚、運動感覚をそれぞれ持ち、視覚と運動感覚からの入力情報を処理する処理部(つまりミラーニューロン)を共有している時、視覚の未来シミュレータ(つまり意識)がそれぞれどうなっていくかをシミュレーションしています。最初は、未来シミュレータは同じモノの配置など瓜二つの情報を作り出すのです。

学習すると自我が芽生える

しかし、次第に学習するにつれて段々とモノの配置が違ってくるようになります。つまり、最初は「同じ意識」だったのが、いろいろな視覚情報や運動情報を基に学習が進むと、意識が別になるわけです(文献3)。

繰り返しになりますが、別々の視覚から得られた情報(論文では特に触れられていませんが、あるいは聴覚情報)がミラーニューロンに入力されて、未来シミュレーションが実行されて、また視覚にフィードバックされます。この繰り返しが学習であり、学習を通じて視覚と運動感覚のそれぞれ別の学習を経た結果として、近未来の自他の動きを予測する結果が異なってきます。

これが自他の区別ができてくるということです。最初から自他を別の固体として取り扱う西洋と自他の区別があいまいで「みんな」の意識が強い東洋ならではの仮説です。

大人でもある共感力も意識の重ね合わせなのかも

Duolingo Podcastの “Episódio 15: Inspiring Images (Imagens inspiradoras)” に腎臓移植が必要になった主人公が自分を含む夫婦と飼い犬の家族写真を広告して生体移植を募る物語があります。100人以上の見ず知らずの人から自分の腎臓を提供したいという申し出があったそうです。

この話を聞いても、どうもヒトはミラーニューロンによりお互いにつながっていて、視覚や聴覚から得た情報を自分事として知覚して行動するようにできているようです。

近くにいてお互いに見聞きできる状況(=コヒーレントな状態)で、ミラーニューロンがあると、意識の重ね合わせが起こるのかもしれません。考えてみれば、口の動きや声色をまねて言葉を覚えるという語学に通じるところがあります。

ましてや、へその緒でつながっていた母と子なら、意識の重ね合わせはありえそうな気がします。物理の量子力学の中に登場する量子もつれに似ています。量子脳理論はミクロの世界で起きる量子力学的な現象がマクロな世界の脳でも起きるという話で、それは少し無理があるにしても、子どもが成長して親離れ・子離れしていく過程は、親とコヒーレンスがなくなっていくと言い換えてみると、量子もつれ状態が解消していくようなものです。

共同幻想などという言葉がありますが、まさに「幽霊の正体見たり枯れ尾花」という感じです。この仕組みがあるからこそ、語学上達には会話練習は大切であり、もっと広い視点で捉えると、ヒトは大勢いる中で社会を上手く回していけるのでしょう。

[参考文献]

  1. David Eagleman, The BRAIN – The Story of You (Canongate Books Ltd., 2014)
  2. James J. Heckman, Ganesh Karapakula. The Perry Preschoolers at Late Midlife: A Study in Design-Specific Inference. National Bereau of Economic Research, Working Paper 25888 (2019). DOI: https://doi.org/10.3386/w25888
  3. Noguchi, W., Iizuka, H., Yamamoto, M. et al. Superposition mechanism as a neural basis for understanding others. Sci Rep 12, 2859 (2022). DOI: https://doi.org/10.1038/s41598-022-06717-3

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