「良質の睡眠」という定義が変わりそう

横向き寝 科学技術
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睡眠研究に関して著名な Matthew Walker 氏が新論文を発表しました。良質の睡眠とはどういうものかという定義が変わりそうな予感です。熟睡時に現れる紡錘波と徐波と呼ばれる2つの脳波の相関が高いほど、副交感神経優位になり、翌日の血糖値が下がるそうです。

睡眠の質が悪いと、血糖値が上がる

睡眠の質が悪いと、血糖値の制御を狂わせ、食欲を増進させる一方で、エネルギー消費を下げるので、結果的に肥満や2型糖尿病になるリスクを高めるのです(1)。

使われない糖質はインスリンの働きで脂肪として蓄えられます。欧米の方は脂肪として蓄える能力が高いので、脂肪にすることで血糖値を下げることができます。ところが、日本人は欧米人ほど太れないので、血糖値が上がってしまう傾向があります。

ところで、睡眠の質の良し悪しを決める要因は一体何なのでしょうか?ぱっと思いつくのは、睡眠時間や眠りの深さなどではないでしょうか。確かにそれらも睡眠の質に関係していて、睡眠時間が慢性的に少ない睡眠負債を抱えている人たちの間で肥満や2型糖尿病が多い傾向があることも事実です。

UK Biobank に登録された 25 万人弱の成人のデータを使った研究では、健康的な食生活を営んでいたとしても、睡眠時間が6時間を下回ると、睡眠時間が短いことによる2型糖尿病発症リスクを打ち消すことはできなかったと報告しています(4)。

睡眠時間が短い時に、2型糖尿病発症リスクを下げる方法としては、今のところ、高強度インターバルトレーニング(HIIT)と呼ばれる運動を行うことが効果的との報告(5)がありますが、それ以外は見当たりません。高強度インターバルトレーニングでは、ほぼ全力を出して行う筋トレと休憩を数十秒単位で繰り返します。老体に鞭打ってやるには少々きついかも知れません。

ですので、2型糖尿病発症リスクを下げるために重視すべき生活習慣の順は、

睡眠 > 運動(特にHIIT) > 食事

ということになります。

では、効果的な睡眠をとるにはどうすればよいのでしょうか。ざっくりとした大局観としては、睡眠時間や眠りの深さでもいいのですが、もっとミクロに見ていくと、脳波と関係してくるというのです。

関係するのは紡錘波と徐波

今回、カリフォルニア大学バークレー校の著名な睡眠研究者の Matthew Walker 氏がその脳波との関係に切り込みました。はっきりと因果関係があるとまでは言っていませんが、蓋然性は高いと言えます。

関係してくるのが、ノンレム睡眠=熟睡時に現れる紡錘波と徐波と呼ばれる2つの脳波です。紡錘波の方は 12-16 Hz の脳波で、徐波は 1 Hz 未満の脳波です。同氏のグループがこの2つの脳波が強く同調していればいるほど、翌日の空腹時血糖値が下がるということを見つけました(2)。

つまり、睡眠の質が高い状態というのは、紡錘波と徐波という2つの周波数が違う脳波が同調している状態と言い換えることができそうです。違う波なので、当然違うところが発振源になっています。紡錘波は視床と呼ばれる考える脳と知覚とを橋渡しする役割の部位が発振源で、徐波の方は大脳新皮質が発振源とされています。

紡錘波と徐波とが同調すると、視床下部が活性化します。視床下部は最も基本的な体内時計である概日周期、ホルモン分泌、副交感神経系を司ります。副交感神経系が活性化するので、体がゆったりリラックスした状態になるわけです。成長ホルモンも分泌され、体の修復も進むことが期待できます。

紡錘波と徐波との同調が崩れると、物覚えが悪くなる

同じ Matthew Walker 氏が別の論文の中で、紡錘波と徐波との同調が崩れると、物覚えが悪くなることを示しています。これには第3の脳波が関わっています。記憶の中枢である海馬が発振源となる 80-100 Hz の脳波です。この3つの脳波が同調することで、日中覚えたことが長期記憶に移し替えられるということが示唆されています(3)。

紡錘波は視床が発信源で、徐波が大脳新皮質が発振源で、そして海馬が加わって同調して曲を演じるわけですから、なるほどということになります。そして、年を取って脳の老化が進むと、脳が萎縮します。このような状態の脳では、紡錘波と徐波との同調が崩れると、物覚えが悪くなるとのことです。つまり、認知症に寄っていくわけです。

しかし、脳が萎縮と紡錘波と徐波との同調との相関があると言っているだけです。因果関係を究明するところにまでは行き着いていません。

脳地図は脳波が共振する山脈だった」の回で紹介した論文では、脳の大きさや形状で脳波が共振する部分が決まり、それをこれまでは××野などと名前を付けていた可能性があることを紹介しました。

そこからの着想です。脳をコンサートホールに見立てると、オーケストラがいろいろな楽器を奏でるわけですが、音の響きがよい大きさや形状があるわけです。脳波が共振する大きさや形状です。脳の大きさや形状が変わらないうちは、同じ周波数の波で同じように共振します。しかし一度大きさや形状が変わると、共振しなくなります。これが脳が萎縮して物が思い出せない状態ではないでしょうか。

同じように、今度は物を覚える時も、今まで使っていた周波数では共振しなくなるわけですから、神経細胞を活性化しようにも活性化できず、したがって、物が覚えられなくなるということなのではないでしょうか。

紡錘波と徐波を同調させる方法は?

紡錘波と徐波を同調させる方法については、ここで挙げた論文にはどれも記載がありませんでした。しかし、脳波と脳の大きさ・形状からくる共振という物理現象で説明がつくとすれば、脳波を同調させるには、脳の大きさ・形状を元通りにするか、脳波の周波数を変えるかの2つに1つです。

年を取って脳の大きさや形状が変わっていくのは、皴が増えたり、腰が曲がったりしてくるのと同じように必然ならば、積極的に脳波の周波数帯を全体的に高くしていくようなことが必要ということになります。

高血糖や認知症の治療のためにめに、ピアノの調律師ならぬ、脳波の調律師が近い将来現れたりして…

[参考文献]

  1. Kristen L. Knutson, Karine Spiegel, Plamen Penev, Eve Van Cauter, The metabolic consequences of sleep deprivation, Sleep Medicine Reviews, Volume 11, Issue 3, 2007, Pages 163-178, ISSN 1087-0792. DOI: https://doi.org/10.1016/j.smrv.2007.01.002.
  2. Raphael Vallat, Vyoma D. Shah, Matthew P. Walker. Coordinated human sleeping brainwaves map peripheral body glucose homeostasis. Cell Reports Medicine, 2023; 101100 DOI: 10.1016/j.xcrm.2023.101100
  3. Randolph F. Helfrich, Bryce A. Mander, William J. Jagust, Robert T. Knight, Matthew P. Walker, Old Brains Come Uncoupled in Sleep: Slow Wave-Spindle Synchrony, Brain Atrophy, and Forgetting, Neuron, December 14, 2017, DOI:https://doi.org/10.1016/j.neuron.2017.11.020
  4. Diana Aline Nôga, Elisa de Mello e Souza Meth, André Pekkola Pacheco, Xiao Tan, Jonathan Cedernaes, Lieve Thecla van Egmond, Pei Xue, Christian Benedict. Habitual Short Sleep Duration, Diet, and Development of Type 2 Diabetes in Adults. JAMA Network Open, 2024; 7 (3): e241147 DOI: 10.1001/jamanetworkopen.2024.1147
  5. Nicholas J. Saner, Matthew J-C. Lee, Jujiao Kuang, Nathan W. Pitchford, Gregory D. Roach, Andrew Garnham, Amanda J. Genders, Tanner Stokes, Elizabeth A. Schroder, Zhiguang Huo, Karyn A. Esser, Stuart M. Phillips, David J. Bishop, Jonathan D. Bartlett. Exercise mitigates sleep-loss-induced changes in glucose tolerance, mitochondrial function, sarcoplasmic protein synthesis, and diurnal rhythms. Molecular Metabolism, Volume 43, 2021, 101110, ISSN 2212-8778. https://doi.org/10.1016/j.molmet.2020.101110.

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